otomeguの定点観測所(再開)

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2016SFセミナーレポートその3 本会「SFファンタジー翻訳教室」 合宿「西崎憲と翻訳について語ろう」

 SFセミナーレポート第3弾は、西崎憲さんが講師役で英語の小説の翻訳について扱ったパネルです。昼企画だけでなく合宿でも拝見したので、併せてテキスト化します。事前にロバート・シェクリイの未訳短編「Five Minutes Early」が課題として出されていて、それを翻訳してきた方が生徒役のような形式で、学校の授業や講義のようにパネルが進められました。私は事前課題をこなしていませんでしたが、生徒役に扮して聴講させていただきました。また、合宿では、西崎さんを囲んで翻訳について技術的にかなり細かい話がされました。私は英文の小説の翻訳をほとんどやったことがないので、いろいろ勉強させていただきました。ありがとうございました。

 

 

 全体として大事なことは、大きく分けて4つありました。

1、英文法の基礎・基本が大切にすること。

2、辞書を引くなどして用例に多くあたること。

3、冠詞や複数形などの細部にきちんと気を配ること。

4、訳文が日本語として自然なものになるようしっかり練ること。

 昔、フランス語の翻訳にかかわっていた時に注意されたことと同じですね。私は途中で脱落した落ちこぼれですが。文法の基礎・基本をしっかり固め、一語一語丁寧に吟味して、訳文を精細に構築するという点においては、どんな言語の翻訳も変わらないのでしょう。

 

 シェクリイの短編の全文はこちらにアップされています。

SFセミナー2016 翻訳教室テキスト - SF SEMINAR

 このブログに全文をコピペすると著作権の問題が発生しかねないので、恐れ入りますがリンク先をご覧ください。以下、リンク先から適宜英文を引用しております。

 

 では、パネルで出た具体的な事例をいくつか見ていきましょう。事前課題で翻訳をなさった皆さんの訳文を適宜参考にしておりますので、何卒、ご了承ください。また、私の訳文はかなり拙いものです。調った訳文を提供するのが目的ではなく、あくまで授業内容に関するレポートなので、ご容赦いただければ幸いです。

 

【副詞の扱いの難しさ】

 Suddenly, John Greer found that he was at the entrance to Heaven.

 冒頭から翻訳の難しい箇所が登場します。suddenlyの意味は「不意に」「突然に」といったものです。suddenlyを日本語に置き換えて、この部分を直訳してみましょう。

不意に、ジョン・グリアーは自分が天国の入り口に立っていることに気付いた

 学校の英語の翻訳ならこれでよさそうですが、小説の文として考えた時、これは不自然なものだそうです。この文が「グリアー」の視点に立っているのか、第三者的な「神の視点」に立っているのかが分からない、という問題があるそうです。「不意に」は「神の視点」に立った表現で、「気付いた」は「グリアー」の視点に立った表現であるため、1つの文に複数の視点が混入しており、日本語として不自然になっています。

 この場合は、「気付いた」という日本語に「suddenly」の意味を含むことができるので、「suddenly」はあえて訳さないほうがいいのだそうです。すると、こんな感じの訳文になるでしょうか。

気付いたとき、ジョン・グリアーは天国の入り口に立っていた。

 

【冠詞に注意する】

in the far distance he could see a fabulous city gleaming gold under an eternal sun.

 注意せずに読んでいると見落としがちですが、冠詞に注意して訳すのは、どの言語の翻訳においても基本のようです。この場合は「a」「an」と「the」の違いに注意しなければいけません。冠詞に注意せずに訳した場合、「a fabulous city」を「素晴らしい都市」「荘厳な都市」、「an eternal sun」を「永遠の太陽」などと訳します。一見、これで問題がないように思えます。しかし、ここでは「the」ではなく「a」「an」が使われているので、特定の都市や太陽ではなく、多くの都市や太陽(のような光)の中のある一つのもの、が表されています。そのため、訳文にそのことが分かるような表現を入れなけれないけないそうです。

 「the」は「that」に、「a」「an」は「one」に置き換えると、だいたい自然に意味が通るそうです。

 今のところを冠詞に気を付けて訳すとこんな感じでしょうか。

はるか彼方、つの永遠の太陽の下に、黄金に輝く一つのすばらしい都市が見えた。

 

【単数と複数の違い】【動作に意思を込めるか否か】

He found Greer's entry and hesitated, his wing tips fluttering momentarily in agitation.

 やや長いですが、赤で下線を引いた部分について見てみます。とりあえず、直訳してみましょう。

彼はグリアーの記載を見つけて躊躇した。そして動揺して、一瞬、翼の先端をはばたかせた

 ここでのポイントは2つあります。まず、「his wing tips」と複数になっていることです。これは「Recording Angel」すなわち「記録天使」が2枚の翼を持っていることを表しています。そのため、訳語もただの「翼」ではなく「両翼」と複数を表すものにするべきだそうです。

 次に、「翼をはばたかせた」という表現の問題点です。「はばたく」という語は、意思を持って翼を動かす動作を表します。しかし、ここでは、記録天使はグリアーの名前があったことに驚いて「反応」として翼を動かしており、自分の意思を込めて翼を動かしているのではありません。そのため、翼を動かすことについての表現は動作に意思の込められていない語にするべきだそうです。

 この2点を踏まえると、こんな感じの訳文になりますか。

彼はグリアーの名前を見つけてためらいを覚えた。そして動揺したため、一瞬、両翼の先端が震えた

  

 【英語における敬意の表現】

 "Is something wrong?" Greer asked.
  "I'm afraid so," the Recording Angel said. "It seems that the Angel of Death came for you before your appointed time. He has been badly overworked of late, but it's still inexcusable. Luckily, it's quite a minor error."
 "Taking me away before my time?" Greer said. "I don't consider that minor."
 "But you see, it's only a matter of five minutes. Nothing to concern yourself over. Shall we just overlook the discrepancy and send you on to the Eternal City?"

  ここの会話の部分では、登場人物の間における「敬語」「敬意」をいかに表現するかが問題になります。英語を使うとき、「敬語」「敬意」表現についてついつい見落としがちです。英文法には、日本語文法における敬語のような項目がありませんし。しかし、当然ながら英語にも自分より目上の他者に敬意を払う表現が存在します。そのため、訳文に敬意表現をきちんと反映させる必要があるそうです。

 この場合、 グリアー(人間) < 記録天使  ですから、敬意の向かう方向は、

       グリアー(人間) ⇒ 記録天使  となります。

 グリアーは記録天使に向けて敬語を使わなければいけません。逆に、天使が人間に向けて敬語を使うのはおかしいかもしれないわけです。天使に敬語を使わせた場合でも、天使が人間より上位にあることが分かるようにしなければなりません。です・ます調の丁寧語で語調を調えたほうがいいかもしれませんが、ここではあえて、天使の言葉をだ・である調にして訳してみます。

「なにかよくないことがございましたか?」と、グリアーはきいた。

「少々いいにくいことなのだが」と、天使はいった。「死神があなたのところに予定より早く来てしまった。あいつはいつも遅くまで働いていたからなあ。まあ、それでも許されることではないのだが。幸い、たいした間違いではない」

「わたしを予定より早くお連れになってしまったというのですか? わたしには重大なことのように思えるのですが」

「しかし、たった5分程度のことだ。なんの問題もない。ここはひとつ、間違いについては大目に見てもらって、あなたを永遠の都に連れていくということでどうだろうか?」

  

【roomの意味】

He was in a cylindrical metal room lit by dim flickering lights.

 「room」という単語については、「部屋」という意味を瞬間的に連想すると思います。「部屋」という意味で訳すとこんな感じになります。

彼は円筒形の金属製の部屋の中にいて、そこではほのかな灯りが明滅していた。

 一見、これで問題なさそうですが、実はこの場所は潜水艦の中です。そして、この前後に部屋についての具体的な描写がないので、潜水艦内の部屋にいるという断定ができません。可算名詞の「room」は「部屋」という意味ですが、不可算名詞の「room」には「場所」「空き」「空間」などという意味があります。この場合は後者の不可算名詞の意味をとるのが適切だそうです。すると、こうなりますかね。

彼は円筒形の金属の空間にいて、そこではほのかな光が明滅していた。

 

【まとめ】

 以上、私の印象に残っている事例としてはこんなところです。普段、私が英文の翻訳をする機会はありませんが、洋書をもっと丁寧に、一語一語、気を付けて読まなければならないと反省させられました。辞書ももっとこまめに引くようにします。まだまだ勉強が足りんなあ。

 

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