otomeguの定点観測所(再開)

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野口みずき引退 日本女子マラソン栄光の時代

 さて、しばらくはスポーツ観戦関連のテキストで、たまっているものを消化していきたいと思います。

 

 毎度のことながら反応がかなり遅れてしまいましたが、アテネ五輪の金メダリスト・野口みずきが引退を表明し、記者会見を行いました。

 

www.sankei.com

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 野口みずきの実績を振り返ると、2003年世界陸上銀メダル、2004年アテネ五輪金メダル、2005年ベルリンでの日本記録更新など、華々しい結果が並べられます。しかし、2008年北京五輪欠場の後は長い間けがと不調に苦しみ、ついに全盛時の輝きを取り戻すことはできませんでした。何とか代表の座まで戻ってきた2013年モスクワ世界陸上では、30度近い厳しい気温に苦しめられ、熱中症のために無念のリタイア。そして、リオ五輪の代表の座をつかむことができず、ついに引退となりました。彼女の競技生活は栄光よりも苦闘の時期のほうがはるかに長かったものだと思います。

 

 全盛時の輝きがある時に引退するのか、ボロボロになるまでやるのか。アスリートの引き際は選手自身が決めるべきものだとはいえ、トップ選手であれば引退の決断は非常に難しいものだと思います。野口については、何度も辞めようと思い、どん底を味わいながらもここまで現役を続けてきました。ご本人の忍耐力と周囲のスタッフの支えを賞賛すべきだと思います。本当にお疲れ様でした。

 

 極私的には、彼女のベストレースとして2つ挙げたいと思います。アテネ五輪やベルリンなどの海外レースではなく、国内で開催された2レースです。

 

【2003年・大阪国際女子マラソン

2003年大阪国際女子マラソン

http://www.rikujouweb.com/taikai/2003/osaka-w-mar03/bunseki-126.htm

http://www.rikujouweb.com/taikai/2003/osaka-w-mar03/list-126.htm

大会記録 過去記録 | 第35回 大阪国際女子マラソン 公式ホームページ

 2003年パリ世界陸上の選考会となった同年の大阪国際女子マラソンは、日本の女子マラソン史上、国内開催レースとしては最高のレースだったと思います。当時、駅伝やハーフマラソンで鳴らしていた山中美和子がペースメイクをしながら、序盤からハイペースの展開になりました。大阪城を過ぎたあたりから坂本直子が前に出て引っ張る展開になり、野口・坂本の一騎打ちになりました。37キロあたりから繰り返し揺さぶりをかけた野口が坂本を振り切って、大会記録の2時間21分18秒で優勝。当時日本歴代2位、国内レースとしては最高タイムという、素晴らしい記録でした。後方では、大阪城を過ぎたあたりで先頭集団から脱落した千葉真子が、鬼気迫る追い上げを見せていました。前年の優勝者ローナ・キプラガットを振り切り、競技場手前で坂本もとらえ、結局、千葉は2位でゴール。2時間21分45秒という好タイムでした。さらに、3位の坂本も2時間21分51秒という当時の初マラソン世界最高タイムで、なんと日本人が21分台で3人も走るという、驚異的なレースでした。

 上記リンクからいける、2003年・大阪終了時点での日本の女子マラソンの記録を見ると、サブ20が1人、21分台が4人、22分台が3人、しかもすべて現役選手。今から考えると信じがたいほどの層の厚さだったことが分かります。当時、女子マラソンの日本代表になるのは、オリンピックでメダルを取るくらい難しいという声もありました。まさしく日本女子マラソンの絶頂期です。2016年現在、世界の女子マラソンの記録水準は当時と変わっていないので、2003年当時のメンバーならリオ五輪でも十分にメダルを狙えます。10数年前の選手のほうが強いというのは、やはり情けない状況でしょう。今の選手たちにもっともっと奮起してもらって、また21分台やサブ20に達する日本選手の姿を見たいものです。

 

【2007年・東京国際女子マラソン~2008年北京五輪

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2007東京国際女子マラソン

beijing2008.nikkansports.com

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 野口みずきが最も強さを見せつけたレースが、2007年の東京国際女子マラソンでしょう。戦前の下馬評では渋井陽子との一騎打ちと予想され、ハイペースの展開が期待されていました。しかし、レース前半は向かい風の上、有力選手たちが腹の探り合いをするような展開で、記録としては低調のまま中間点を通過しました。折り返し点を過ぎて追い風になってから、野口が一気にペースを上げました。30キロ手前で渋井を振り払い、サリナ・コスゲイも置き去りにしてからはさらに快調に飛ばしました。30~35キロを16分24秒、さらには四谷見附の上り坂がある35~40キロも16分56秒でカバーすると、最後までペースは衰えず、終わってみれば2時間21分37秒という大会新記録での圧勝でした。

 前半のスローペースがなければ20分台も狙えた走り。さらにペースメーカーのいるレースなら、軽くサブ20にいっただろうという強さでした。そのため、このレースを見て、2008年北京五輪での野口の連覇を確信しました。

 しかし、北京五輪は左足の肉離れのため、無念の欠場となりました。結局、北京五輪の日本女子は完走したのが13位の中村友梨香ただ1人で、土佐礼子も途中棄権という惨敗に終わりました。ここから日本の女子マラソンは長い低迷に入っていくことになります。

 「たら・れば」は禁物かもしれませんが、もし野口がいい状態で北京五輪に出場していたら金メダルを取っていた、と今でも思っています。日本の女子マラソンが低迷期に入ることもなかったかもしれません。その後、彼女がほとばしるような強さを取り戻すことはありませんでした。

 

【まとめ】

 野口みずきのマラソン人生は、前半の栄光と後半の苦闘に大きく分けられます。奇しくも、彼女の歩みがそのまま近年の日本女子マラソンの盛衰を映し出しているといえるでしょう。これら様々な経験を、次は指導者として下の世代の選手たちに伝えていってほしいと思います。

 女子マラソンのナショナルチームの合宿では、野口みずきが若い選手たちから質問攻めにあうなどして、野口の経験が下の世代の選手たちにもしっかり伝えられ、大きな刺激となっているようです。事実、ナショナルチームの成果については、男女でくっきりと明暗が分かれました。

【前「定点観測所」よりサルベージ】

 日経ほか各紙の記事で言及があったので、気になったのですが、マラソンのナショナルチーム(以下NT)の結果はどうなったのでしょうか。マラソン復活のため、陸連の肝煎りで始まったNTですが、1年に数回の合宿のみという中途半端な強化体制、代表選出への運営方針がころころ変わること、チームに選出された選手の意識が低いことなど、様々な問題が噴出しました。そして、川内優輝から三下り半を突き付けられるなどして、男子は散々な結果に終わったようです。リオの炎暑対策のために選手の科学的データを取るという目的もあったはずですが、男子の五輪代表は全員NT以外の選手のため、新しくデータを取る時間はないそうです。女子は全員NTメンバーが五輪代表になったので、強化の継続性は担保できているようですが。

 とりあえず、2015年のNTメンバーと、各選手の選考会の成績を並べてみましょう。

【男子NT】
 今井正人トヨタ自動車九州)東京13位 2.12.18
 藤原正和(ホンダ)世界陸上21位 2.21.06 びわ湖欠場し引退
 前田和浩九電工世界陸上40位 2.32.48 びわ湖26位 2.17.56
 五ケ谷宏司(JR東日本)東京40位 2.21.05
 小林光二(SUBARU)福岡欠場
 中本健太郎安川電機)びわ湖8位 2.12.06
 松村康平(MHPS長崎)東京19位 2.13.46

【女子NT】
 前田彩里ダイハツ世界陸上13位 2.31.46 その後の選考会は欠場
 伊藤舞大塚製薬世界陸上7位 2.29.48(五輪代表) 
 重友梨佐天満屋)大阪5位 2.30.40
 加藤麻美(パナソニック)選考会出場なし
 木崎良子ダイハツ)名古屋10位 2.28.49
 田中智美(第一生命)名古屋2位 2.23.19(五輪代表)
 野口みずきシスメックス)名古屋23位 2.23.54
 福士加代子(ワコール)大阪優勝 2.22.17(五輪代表)
 渡邊裕子(エディオン)大阪15位 2.37.55

 と、こんな感じです。
 以下、素人の戯言です。プロとして仕事として結果だけを評価するなら一目瞭然ですね。NTが失敗した男子と成功した女子。明暗がはっきりと分かれました。陸連の運営の問題もあるかもしれませんが、男女の間で運営の温度差があったとは考えにくいので、やはり選手の意識の問題でしょうか。また、野口のアテネ五輪金メダル、福士のモスクワ世界陸上銅メダルをはじめ、女子のNTメンバーには内外のビッグレースの優勝・上位入賞経験者が並んでいます。男子のNTでビッグレースの優勝・上位入賞実績があるのは中本くらいですから、メンバーの質的にも女子が勝っていたということになるでしょう。

 今後もNTが続いていくかどうかは分かりませんが、男子については相当なテコ入れをしないとNTとして機能しないような気がします。青山学院勢とか若手が出てきているのですから、20代の選手を思い切って選出して、切磋琢磨させるのも必要でしょう。リオ五輪の後を考えて、継続的な強化がなされて、強い男子選手が出てくることを切に願います。 

  日本女子は福士加代子をエースとしてリオ五輪に臨みます。厳しい戦いであることは重々分かっているつもりですが、日本マラソン復権のため、野口みずきの意思を受け継いで、表彰式のポールに日の丸が掲げられることを期待したいです。

【追記】

 と思っていたら、野口みずき自身が「自分は指導者に向いていない」とコメントした記事が…。次のメダリストを育ててほしいと思うんですけどねえ。

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