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otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・文化評論・思想・社会科・国語表現・性文化・スポーツ観戦・科学・飲み食い・与太話 【一部、性的に過激で頭のおかしな記事があります】

紀伊国屋新宿南店縮小~書店文化と書原さん

表象文化

 紀伊国屋書店新宿南店縮小のニュースが流れていました。

 

www.asahi.com

 私もブックマークしましたが、新宿界隈で本を買うときはメインで使っていた書店さんなので、本当に残念です。本店に比べると売り場の面積は狭いですが、人文書、海外文学、サイエンスなど、私がアンテナを張っているジャンルで独特の棚や平台の作り方をしていて、非常に使いやすかったです。特に、思想・哲学の棚や平台のチョイスは本店よりいいと思っていたので、非常に残念です。

 これでまた書店文化の灯が一つ消えてしまうんですかね。山下書店東京ドーム店など好きな書店がどんどん消えているので、淋しい限りです。

 私は電子書籍を使っていますし、amazonでもどかどか本を買います。でも、書店に行って実際に手を取って本を選び、そして平台や棚を眺めながら書店の空間に浸るという知的快楽は何物にも代えがたいものです。時代の流れとはいえ、硬派の書店がどんどん減っていくのを止めることはできないものでしょうか。

 

 硬派の書店といえば、都内で一番好きな書店がこちらです。

書原 阿佐ヶ谷本店・杉並店 - 杉並区、東京都

Books 書原

 書原の阿佐ヶ谷店といえばカオスな書籍空間ということで有名です。昔は23区内の東部にも新橋、御成門、霞ヶ関、晴海、新宿、本郷など各所に店舗を構えていたのですが、みんな撤退してしまって、現在は5店舗になっています。書原さんといえども筋を通すのが厳しい時代になっているんですね。

 さて、現在、書原の社長さんは2代目の方になっているんですが、

【リンク先の写真の一番右の方が上村社長】

www.advertimes.com

 骨太の書店人として知られたのが先代の上村卓夫さんでした。すでに他界されていますが、今はなき新橋店のバックヤードで、スリップを見ながら若い店長さんを指導する光景を何度も拝見しました。隣にはトーハンや栗田の担当者さんや出版社の営業さんや編集さん、時には社長さんもいらっしゃって、さながら「上村教室」という雰囲気で、非常に面白かったです。

tsunoken.cocolog-nifty.com

 

書店ほどたのしい商売はない

書店ほどたのしい商売はない

 

  上のリンク先でいろいろ触れられていますが、スリップの動きを見ながら、売れている本のスリップをテーブルに並べていくんですね。そして、動きのあるスリップに赤鉛筆で「3」とか「5」とか(なぜか奇数が多かったです)数字を打って、取次の担当さんに渡して追加発注をかけていきます。

 ここまでなら普通のPOSによる追加発注と変わらないんですが、新橋店は「教室」であり、新人の店長さんを鍛える場でした。上村さんが新人店長さんにスリップを何枚か渡して、「これと並べるべき本を持ってきなさい」と指示を出します。すると、店長さんがあたふたと店内に入って本を持ってきたり、自分で思いついた本の名前を並べていきます。そして、これが8割がた、ダメ出しを食らいます。上村さんがすらすらと並べるべき本のタイトルと出版社を言っていくので、店長さんと取次の担当さんが慌ててメモを取ります。そして、なぜこの本を選んだのかという理由が延々と語られる・・・と、まあこんな感じですかね。上のリンク先にあるマルクス主義の話は何度も聞かされました。

 出版社の営業さんが来ると、初めて会う営業さんに対してはマルクス主義から始まって延々と講義が続きました。「出版不況なんてとんでもない。出版社が売れる本を作っていないだけだ」「コンピューターを何台並べてもだめだ。人間が自分の頭で考えて棚や平台を作らないと本屋はダメになる」など、楽しい正論を聞かされました。話を最後まできちんと聞くと、全店分の本を取ってくれるので、営業さんにとっては辛抱するべきところでしたね。4月には小学館の新入社員がわざわざ研修に来ていました。

 平台を構成する原理は極めてシンプルで、売れる本を並べる。それだけです。ただし、単純にベストセラーを前に置くというのではなく、既刊本でも関連するテーマの本を隣に置いて、お客さんが手にとってくれるようにする。出版社や版型にこだわることなく、書籍も文庫もムックも関連するものを工夫しておいていく。書籍の平台に文庫を置くなんてことはしょっちゅうです。平積みする際も、上下巻になっている本をまとめて並べたり、関連テーマの新書や文庫をわざと互い違いに並べて積んだりと、いろいろな工夫をしていました。その結果、書原のカオスで有機的な平台の構成になっていくわけです。

 棚については、100坪くらいの中規模の面積の店に高い棚をドカンと作り、あちこちの出版社から常備を取って書籍を棚に詰め込んでいきます。委託販売の常備のシステムをうまく利用して店づくりをするんですね。返品率が結構上がりそうな気がしますが、仕入れと売り上げと併せていかにコントロールするかは各店長の腕の見せ所でした。

 上村さんの「売れる本」というのは、ベストセラーのみを指すのではなく、常備品で1年から半年に1回くらい回転する本のことも表します。棚からそういう本を買っていくお客さんは本好きで客単価が高いので、「本が揃っている」と気に入ってもらえればリピーターになって何冊も本を買ってくれます。硬派の常連さんを増やすことで書原さんは売り上げを担保していたようです。

 レジ前の作り方も独特です。レジの周りに売れ筋の本を置いてお客さんの手にとってもらう、というのはあちこちの書店でやっていますが、上村さんは目の付け所が面白かったです。書原のレジ前の定番商品だったのが、例えばこちら。

 

  もともとは編集者や編集の勉強をする人向けの本なんですが、上村さんが目をつけてビジネス街だった新橋や御成門の店のレジ前においたそうです。そうしたらいろんな会社のビジネスマンが買いに来て、次々に追加注文を出したそうです。会社でビジネス文書を作る時に便利なのと、500円という値段なので、会計に来たついでで勝っていくお客さんが多かったそうです。版元さんはビジネス街でよく売れるということを全く予想していなかったそうで、わざわざ理由を聞きに上村さんのところに営業さんや編集さんが何回か足を運んだそうです。慧眼ぶりを示すエピソードですね。そこで縁ができて、上で取り上げた上村さんの本の出版にもつながったんだと思います。

 

 残念ながら、上村さんは2010年に他界されました。もしご存命なら、今の出版の状況を喝破し、書店人の奮起を促されたことでしょう。一読者としては、書店を支えるために、書店に足を運んで本を買い続けなければいけないと切に思います。