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otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・文化評論・思想・社会科・国語表現・性文化・スポーツ観戦・科学・飲み食い・与太話 【一部、性的に過激で頭のおかしな記事があります】

トンネルズ&トロールズと1980年代のTRPG雑誌についての私的思い出

テーブルゲーム ファンタジー

 多忙が続き、すっかり久しぶりの更新になってしまいました。仕事に追われてテキストの想を練る余裕もなかなかありません。当分はスローペースの更新になるかもしれませんが、飽かずお付き合いいただければ幸いです。

  さて、私は、TRPGについては2005年を最後にプレーしていないロートルですらない人間でございますが、TRPGからすっかり御無沙汰している間に、とてつもなく懐かしい響きで界隈がやかましくなっていたようですね。

 

【トンネルズ&トロールズ完全版】

Group SNE | 製品情報 | ボード/カードゲーム /トンネルズ&トロールズ 製品紹介

 

  

 

 

 

 

 

TtTマガジン Vol.1

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トンネルズ & トロールズ 完全版

トンネルズ & トロールズ 完全版

 

 

  この辺りにしときましょうか。すでにamazonでも在庫切れになっているし、えらい盛り上がりですねえ。プレイする時間もないと思うので、買うつもりはなかったんですが、遅まきながらふらふらとamazonで注文してしまいました。10/31入荷。随分先ですが、まあ、どうせすぐに買っても積読の山の中に収まるだけなので、しばらく置いときます。

 

【とある田舎のTRPG事情】

 社会思想社の第5版発売当時、田舎の小中学生だった私は、T&Tのルールブックをぼろぼろになるまで読み込みました。しかし、近くにプレーにつきあってくれる友人知人がいなかったので、セッションができるのは、たまの休日にコンベンションに遠征するときくらいでした。キャンペーンプレイなんてもちろん夢のまた夢でしたので、ひたすらソロ・アドベンチャーでお茶を濁していました。ソロ・アドベンチャーの中では、『カザンの闘技場』を一番やり込んだ記憶があります。 

カザンの闘技場 (現代教養文庫―T&Tソロ・アドベンチャー)

カザンの闘技場 (現代教養文庫―T&Tソロ・アドベンチャー)

 

  田舎の小さな本屋では教養文庫なんてほとんど入ってきませんから、麓の街の大きめの本屋に頼んで取り置いてもらって、街まで下りたついでに取り置き分を回収するということの繰り返しでした。D&Dのボックスは県庁所在地のショップまで行かないと売っていませんでしたから、何かの用で遠出するついでに買い物するしかなかったです。今だったらamazonで取り寄せれば済む話ですが、1980年代はまだ都市と田舎との物流や情報の格差は歴然としていました。でも、手に入れるのに苦労した分、モノへの愛着は今よりずっと強かったような気がします。そういえば、〈ファイティング・ファンタジー〉でも、新刊をすぐに入手できずにもどかしい思いをしていたんですよね。

 書籍よりもさらに不足していたのが、TRPGに興味を示してくれる同志の存在でした。ゲームブックブームのときは、ライトユーザーの小学生男子が周りにそこそこいましたが、さすがにTRPGまで踏み込む友人はおらず、大人でその手の趣味に理解を示してくれる人もいませんでした。まあ、そんなことを言ったら、SFもファンタジーもミステリも怪奇幻想もティーンズノベルも詩も前衛文学もアニメもコミックも現代思想小児性愛も、当時、私が興味を示した表象はことごとく同好の士がいなかったのですが。高校になって県庁所在地に下宿して、この渇きがようやく癒されました。

 自分で自分を励ますしかないので、毎晩毎晩、自分の部屋で1人でダイスを転がす日々でした。暗い思春期ですね。まあ、夜中に邪なことをやっているという点では、現在と全く変わらないのですが。

 夜の戦いにおいて最も激しい死闘となったのが、『ベア・ダンジョン』におけるダンジョン掃討戦でした。 

ベア・ダンジョン (現代教養文庫―T&Tシリーズ)

ベア・ダンジョン (現代教養文庫―T&Tシリーズ)

 

  数十人の部隊を1人で動かしながら、ダンジョンに出てくるモンスターやらトラップやらを、とにかく破壊して突き進むのみでした。2・3回ほど、こちらの部隊が全滅して、泣く泣くキャラメイクを1人1人やりなおす羽目になったのをよく覚えています。

 T&Tはルールがシンプルで分かりやすかったので、手軽にファンタジー世界に没入できました。当時、他にもTRPGはボックスを含めていくつか手元に持っていましたが、『ルーンクエスト』や『指輪物語RPG』などの複雑なルールを理解するのはなかなか大変でした。アドバイスしてくれる先輩もいませんでしたし。それに、何といってもソロ・アドベンチャーがあって1人でも遊べるというのが、T&Tの最大の魅力でした。

 1990年代に入って、ようやく周りにTRPGの同志がいる環境になりましたが、その頃はすでにT&Tのムーブメントが下火になっていました。そのため、何回か私がGMあいてT&Tのセッションを行いましたが、プレイヤーの反応はいまいちで、本格的なキャンペーンを行うまでには至りませんでした。ルールブックを何冊もボロボロにした思い入れの強いゲームなんですが、T&Tについての思い出は寂しいものが多いです。でも、その寂しさも含めて古き良き時代だったということでしょうか。

 完全版が手に入ったら、いろいろ昔を懐かしみながら楽しみたいと思います。

 

【《ウォーロック》とT&T】

ウォーロック - Wikipedia

  さて、1980年代当時、TRPGの情報を得るために私が読んでいたのは《ウォーロック》と《タクテクス》でした。1990年代になると、《RPGマガジン》《コンプRPG》あたりを頻繁に買ってました。T&Tも含めて思い入れの強いのは、何といっても《ウォーロック》ですね。

 ゲームブック雑誌というふれこみだった創刊当初から、《ウォーロック》をリアルタイムで買っていましたが、すぐに〈ファイティング・ファンタジー〉から離れてT&Tのサポート誌になり、最後の方は『ウォーハンマーRPG』の記事がメインでした。そういえば、『ウォーハンマー』もあまりセッション数をこなせなかったんだよなあ。

 《ウォーロック》のT&T関連の記事で印象に残っているものを挙げてみましょう。山本弘さんのT&Tリプレイのコミック『どこでもT&T』とか、〈ロードス島戦記〉のT&Tのリプレイ記事(ディードリット魔法戦士でえらい能力が高かったんでしたっけ)とか、キャラメイクのサポート記事で初期装備がシミター・スティールキャップ・バックラーという変な装備のキャラが出てきたりとか(金貨1枚が当時の1ドルくらいの価値しかなくて、物価がひどく高いという印象を受けたような気がします)。記憶をたどると、そんな印象が浮かんできます。

 しかし、〈ファイティング・ファンタジー〉のサポートを、《ウォーロック》はやっぱりもっと積極的にやってほしかったと思います。ゲームブックブームが下火になるとともに、〈FF〉のサポート記事がほとんど載らなくなって、しまいには〈FF〉の日本版の刊行自体が33巻『天空要塞アーロック』で終わってしまいましたし。まあ、そもそも本家本元のイギリス版《ウォーロック》は短命な雑誌でしたし、日本版《ウォーロック》が創刊された1986年末にはもうゲームブックブームは下火になりつつあったので、TRPGへのシフトもやむを得なかったのかもしれませんが。

Warlock (magazine) - Wikipedia, the free encyclopedia

天空要塞アーロック?ファイティング・ファンタジー (33)

天空要塞アーロック?ファイティング・ファンタジー (33)

 

  『ウォーハンマー』のサポートが不十分なまま、1992年に《ウォーロック》は休刊してしまいました。今から考えると、きちんと雑誌本体をとっておくべきだったんですが、実家にあったのも下宿にあったのもみんな処分されちゃったんですよね。惜しいことをしたなあ。

 

【9/30追記】

 結局、『T&T完全版』は近くのイエローサブマリンで入手しました。熟読する時間なさそうだけどなー。