2016極私的回顧その1 ライトノベル(文庫)
それでは、プレに続いて本年度の極私的回顧を開始します。かなりの長丁場になりますが、飽かずお付き合いいただければ幸いです。まずはライトノベル(文庫)から参ります。『このラノ2017』でラノベが文庫と単行本・ノベルズの2つに分割されたのに伴い、極私的回顧も2つに分けてコメントします。昨年までランキング化していたノベライズについては、文庫と単行本・ノベルズそれぞれの項目と合併させました(その結果、ノベライズはほとんどランクインせず。まあ、文芸としてのレベルを考えたらそんなもんですね)。なお、いつもの通り、テキスト作成に『このラノ』およびamazonほか各種レビューを参照しています。
【マイベスト5】
では、まずマイベスト5から参りましょう。
1、ゼロの使い魔
長年ライトノベルを追ってきた読み手としては、やはりこの刊行に敬意と祝杯を捧げざるを得ません。2013年に逝去したヤマグチノボルの遺志を受け継ぎ、故人の作品に遜色のないクオリティで書かれた21巻。読んでいて涙をこらえきれませんでした。やはり才人とルイズはラノベ史上屈指のベストカップルの1つであり、このシリーズはラノベ史上の金字塔の1つなのです。ゴーストライターが誰なのかを推理する愉しみも読者に与えられていて、複眼的な読み方も可能です。シリーズ継続を行った編集部と故人に比肩する作品を紡ぎ出した作者さんに深く感謝しましょう。来年に予定されているシリーズ完結を楽しみに待ちたいと思います。
今年の新人作品ではこちらがピカイチでしょう。今までありそうでなかったTRPG(およびウィザードリイなどの初期のコンピュータRPG)に対するアンチテーゼです。駆け出しの冒険者のレベルアップの撒き餌として狩られまくるゴブリンですが、考えてみれば生息数は多いはずだし、冒険者ではない一般人には脅威なはずだし、連中がいつも決まった数で出現するという都合のいいことがあるわきゃないし・・・というわけで、ゴブリン狩りに少々のリアリティをまぶしたらこうなりましたという怪作です。キャラクターに固有名を与えないことでTRPGの属性を残しつつ、ゴブリンが起こす被害や影響などがリアルに語られ、物語世界としての骨格を堅牢なものにしています。淡々とゴブリンを狩るゴブリンスレイヤーの職人肌で不器用なキャラが秀逸。確かに、こういう人がいないとファンタジー世界の一般民衆の生活は成り立ちませんな。
3、バビロン
最初はサスペンスの定型のような緩やかな導入を行いながら、野崎まどが近年テーマとしてきた人類という種の超越・死の超越という形而上的なテーマが作品世界全体を巻き込みながら展開されていく、スケールの大きな意欲作です。 加速的な筆致で読者を引っ張りながら大風呂敷を広げつつ、人間や社会や政治のいやらしさを各所にばらまいて、読者とキャラクターを思考停止に追い込んでいくという力業は、現在のラノベ界では野崎まどにしかできないアクロバットでしょう。
4、ストライクフォール
長谷敏司がラノベに帰還しました。宇宙を舞台としたロボットスーツを用いたスポーツもの、そして少年少女のスポ根青春物語と、SFやラノベでは繰り返し用いられてきた定型のモチーフです。しかし、王道であり直球であるからこそ面白いのです。作者が持ち味を存分に発揮した、正統派のジュヴナイルSFとして完成度の高い作品です。
5、今日から俺はロリのヒモ!
女子小学生にヒモとして養われるという、ロリ&ペド・オタの歪んだ欲求を形にしたらこうなりました。私をはじめ世の中にダメ人間はたくさんいますが、その究極かつ極北そして理想の形がここにあります。女子小学生マンセー。変態紳士としての自分を主人公に投影しつつ、ゆるーい甘美な世界にはまりこみましょう。
【とりあえず2016年総括】
WEB系からの動きが活発で相変わらずライトノベル全体の市場は活況で、新規参入のレーベルや刊行点数は増加傾向にあります。単行本を中心とした活況については次回の極私的回顧でコメントします。しかし、その一方で、従来の文庫レーベルの新人賞からはなかなか有力な新人が出ず、頭打ちの印象が否めません。各レーベルとも新人賞作品を見ると様々な工夫を施しているようですが、突破口を見出せずにいるようです。同じようなことを2015年の回顧でも書きましたが、2016年も状況に大きな変化はありませんでした。
WEB系の作品を中心に緩やかに市場が拡大し、他の文芸ジャンルやライト文芸との融解が進み、ライトノベルの読者層の年齢層が徐々に上がっていく。2010年代に入ってから繰り返し唱えられてきたライトノベルの浸透と拡散の動きは、2016年も引き続き活発でした。また、アニメ化を中心としたメディアミックスとそれに伴う作品の売り上げ増・メジャー化の動きも、〈このすば〉〈Re:ゼロ〉など引き続き大きな動きを見せていました(この2つはWEB系の作品ですが)。
この素晴らしい世界に祝福を!10 ギャンブル・スクランブル! (角川スニーカー文庫)
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表面的に総括すると、ダイナミックな変化はなかったとはいえライトノベル全体は活況であり、ジャンル全体を横断的にとらえるのが不可能なほどの点数が刊行されていて、読者としては嬉しい状況がまだまだ続きそうだというめでたいことになるわけです。その一方で、作家の生き残りはますます厳しい状況になっていて、ノベライズも専門の作家がやるようになって仕事の獲得がさらに難しくなっています。そのため、既存レーベルでデビューした作家がWEBでの展開を行うという逆転現象も起こっていて、作家の新陳代謝がますます活発になっています。ジャンル全体が包括しにくくなっているという難点はありますが、読者から見れば競争が活発化するのはいいことです。
おためごかしのプラスコメントはここまでにしましょう。
文芸的な視点から文句をつけてみます。記号的な作品が記号性に慣れた作者と読者と作品を再生産していくことで、ライトノベルの文芸ジャンルとしての水準が向上せず、というかジャンルを象徴するような優れた作品が生まれず、文芸としてのジャンル全体が沈滞化している状況もまた変わりませんでした。SFにせよミステリにせよ、文芸ジャンルとしての運動体の進化を牽引するのは強力な作品と強力な作家たちです。ライトノベルの初期には見られた強い作家性を持った傑作と作家たちの群れが、2016年も現れることはありませんでした。もっと直球で書けば、SFやミステリなどの他の文芸ジャンルに比べて、作品も作者も読者も文芸として低レベルである状況がつづいているということです。2016年に刊行された作品の中で、SF・ファンタジー・ミステリ・児童文学などの他ジャンルに割って入って戦える作品がいくつありますか? ジャンル全体を揺さぶるような傑作が登場してこない限り、ライトノベルが記号性に閉じこもった沈滞状況は来年も続くでしょう。
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ラノベ読みとしての視点から文芸・文学屋に反論してみましょう。他ジャンルの読み手のラノベ軽視には虫唾が走ります。ライトノベルを記号的と評してはいますが、SFもミステリも核にあるのは様式美であり、記号的な約束事です。ライトノベルはキャラクター文芸としての文法を除けばインターフェンス的な文芸ジャンルであり、SF・ファンタジー・ミステリなどの他ジャンルの様式を横断的に取り入れることのできる機能を有しています。この懐の深さがあるからこそ、ライトノベルはここまで発展してきました。主戦場・主戦力がWEB発信に移ったとはいえ、読者層やレーベルが拡大し続けていることが、ライトノベルのジャンル運動体としての力を如実に表しています。また、傑作であるどうかは読者の主観的な判断であり、ジャンルの優劣を判断する基準にはなりません。文芸ジャンルとしてのライトノベルについては大分学術的な研究も進んできましたが、依然としてライトノベルへの目配りが行き届いていない人間たちがいます。SF・ファンタジー・ミステリ・児童文学(ジュヴナイル)などの文芸ジャンルにおいて、ライトノベル発の作品は重要な役割を果たしてきました。その比重はますます増していくことでしょう。