otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2016極私的回顧その3 本格ミステリ(海外)

 本年最初の更新になります。年末年始と仕事が多忙だったため、すっかり更新が滞ってしまいました。書きたいことはいろいろたまっているんですが、テキストの想を練る時間も書く時間もなかなか取れない状態です。まずはじわじわ極私的回顧を進めていきたいと思っておりますので、飽かずお付き合いいただければ幸いです。

 いつものことですが、テキスト作成のため『このミス』ほか各種ランキング、およびamazonほか各種レビューを適宜参照しています。

 【マイベスト5】 

このミステリーがすごい! 2017年版

このミステリーがすごい! 2017年版

 
2017本格ミステリ・ベスト10

2017本格ミステリ・ベスト10

 

  

ミステリマガジン 2017年 01 月号 [雑誌]
 

  では、まずマイベスト5から参ります。

 

1、二人のウィリング 

二人のウィリング (ちくま文庫)

二人のウィリング (ちくま文庫)

 

  2016年はヘレン・マクロイの当たり年でした。マクロイにしてはサスペンス色の強い作品ですが、中盤以降にぐっと本格の度合いが強くなり、マクロイの技巧が存分に発揮された快作です。訳者あとがきにも『本ミス』のレビューにも記されていましたが、フーダニット・ハウダニットホワイダニットのいずれにも趣向が凝らされている点には舌を巻くしかありません。匠の技にほろ酔い気分でラストのページを繰ると、読者の足元をひっくり返すサプライズが待ち受けていますが、それは読んでのお楽しみということで。

 

2、カクテルパーティー 

カクテルパーティ (論創海外ミステリ)

カクテルパーティ (論創海外ミステリ)

 

  ロンドン郊外の田舎が舞台で、かつ関係者全員が顔見知りという、コージーミステリの典型のような舞台設定です。しかし、登場人物がどいつもこいつも曲者のうえ、視点人物がころころ変わって読者を幻惑するため、探偵も犯人も絞り込みにくいなかなかの難物です。一見仲の良さそうな人間関係に仕掛けられた落とし穴が事件解決のカギですが、それはご自分で読んで確認してください。

 

3、摩天楼のクローズド・サークル 

摩天楼のクローズドサークル (エラリー・クイーン外典コレクション)

摩天楼のクローズドサークル (エラリー・クイーン外典コレクション)

 

  クイーン外典シリーズ第2弾。代作者がリチャード・デミングのため、本格としてのトリックやロジックの追及は定番の域を出ないものです。しかし、1965年のニューヨーク大停電をモデルにしたアクロバティックなクローズド・サークルの構築と、極限状況における捜査の苦闘ぶりを描いた前半部の描写が気に入ったので、この順位に持ってきました。よくできたTVムービーとして肩の力を適度に抜いて楽しむのがいい作品です。

1965年北アメリカ大停電 - Wikipedia

リチャード・デミング(Richard Deming)

 

4、ささやく真実 

ささやく真実 (創元推理文庫)

ささやく真実 (創元推理文庫)

 

  ヘレン・マクロイの作品は本格でありながら端正とは程遠く、不条理や論理破綻を平然と作中に持ち込み、事件の構図を大きく書き換えるアクロバットも平然と展開します。この作品も本格としての練度は高いですが、被害者のアイデンティティがぶち壊され、それが事件解決のカギになるという壊れっぷりです。変格が好きな方にはおすすめの作品でしょう。

 

5、九つの解決 

九つの解決 (論創海外ミステリ)

九つの解決 (論創海外ミステリ)

 

 昔、抄訳版があったので厳密には新刊ではありませんが、事実上の新刊なのでここに入れました。9種類の事件の謎がひとつひとつ消去される構成ですが、それぞれの謎は本格として見ると定番で凡庸です。しかし、推理の過程を全て読者に開示する徹底したフェアプレーぶりと、 最終的な落としどころが面白かったので、ベスト5に入れました。

 

【とりあえず2016年総括】

 ベスト5がクラシックばかりになってしまいました。まだまだまだまだクラシックの鉱脈は尽きまじ。ここ数年、ずっと同じことを書いている気がしますが、2016年も良質な古典本格が安定して訳された年になりました。未訳リストの中には面白そうな作家・作品がまだまだ埋もれているようですし、古典本格を出版する版元も増えてきたので、2017年も楽しめそうです。

 対して、現代のミステリには本格がほとんど、というか全くありませんでした。ルメートル、ディーヴァー、オコンネルなどに本格色の入った作品はありましたが、全てサスペンスでした。 

傷だらけのカミーユ (文春文庫) (文春文庫 ル 6-4)

傷だらけのカミーユ (文春文庫) (文春文庫 ル 6-4)

 

  

煽動者

煽動者

 

 

ウィンター家の少女 (創元推理文庫)

ウィンター家の少女 (創元推理文庫)

 

 キャラクターやストーリーに重きを置いた作品が多く、本格とみなすには不十分なものばかりで、本格ファンとしては欲求不満のたまった1年になりました。未訳作品の中に本格の面白い作品があるんじゃないかと思うんですが。2017年は現代本格の傑作に出会えることを切に願います。