otomeguの定点観測所(再開)

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2016極私的回顧その24 科学ノンフィクション

 極私的回顧もオーラスです。ここまでお付き合いいただき、どうもありがとうございました。今回の科学ノンフィクションについては、ジャンル全体を俯瞰するのが難しいため、ベスト5の感想のみにとどめております。また、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。

【マイベスト5】 

SFが読みたい! 2017年版

SFが読みたい! 2017年版

 

 

1、外来種は本当に悪者か?:新しい野生 THE NEW WILD 

外来種は本当に悪者か?: 新しい野生 THE NEW WILD

外来種は本当に悪者か?: 新しい野生 THE NEW WILD

 

 2016年に読んだ科学ノンフィクションの中で、最もエキサイティングだった本です。当ブログでレビュー済みなので、一部再掲します。

otomegu06.hateblo.jp

 著者のフレッド・ピアスは著名な科学ノンフィクションライターで、綿密な取材と確固としたデータに基づいて、難しい問題を我々素人にも分かりやすく解き明かしてくれる腕利きです。

 ピアスの言いたいことは極めてシンプルです。乱暴ですが要約しますと、
・生態系に入り込んだ外来種の駆除は物理的に不可能である。強引に駆除を行うと予想外の環境破壊を引き起こすこともあるし、コスト的にも全く見合わない。
外来種の入り込んだ生態系はその外来種も含めて形成される。
外来種も含んで生物多様性について考えるべきである。
外来種が侵入先の自然環境にとって有用な役割を果たすこともある。
・人類は数十万年にわたって自然に手を加えながら活動してきたので、世界中どこを探しても「手つかずの自然」など存在しない。
・生物は環境変化に応じて絶えず移動するものであり、永遠にそこにいるものと錯覚されるような「在来種」など存在しない。
・生態系は全ての種類が緻密に結びついたネットワークであるというのは幻想であり、一つの種がなくなれば全体が崩れるようなもろいシステムではない。何らかの種の絶滅が起こっても、ニッチに誰かが入り込んで何とかするだけである。
・人間は自然環境に影響を与えてきた存在であり、これからも与え続ける。
外来種も含めた新しい生態系概念を形作り、人間と自然がうまくやっていく方法を見つけることが大切である。
 と、こんなところですね。私も外来種についてはピアスのいうところの原理主義的な態度をとってきた人間なので、いろいろ固定観念を揺さぶられるところがありました。
 一方で、もちろんこんなことも書いています。
・とはいえ、もちろん外来種をほいほい野に放つことを認めるものではない。
・環境に破壊的な影響を及ぼす種の場合、駆除も選択肢としてありうる。
 この本を誤読すると、外来種に関わる全てが肯定されるかのような錯覚に陥りますが、ピアスの主張は人為的な環境変化を意図的に引き起こすことを認めるものではありません。恣意的に外来種を放ち、環境・遺伝子攪乱を引き起こすことは間違いなく悪でしょう。問題は、すでにそこにいる外来種といかに現実的に向き合うかという一点です。

 

2、新たな魚類大系統

新たな魚類大系統―― 遺伝子で解き明かす魚類3万種の由来と現在 (遺伝子から探る生物進化 4)

新たな魚類大系統―― 遺伝子で解き明かす魚類3万種の由来と現在 (遺伝子から探る生物進化 4)

 

 新規の情報はありませんが、21世紀に入ってから魚類の分類体系がいかに変化してきたかが分かりやすくまとめられています。こちらも当ブログでレビュー済みなので、一部再掲します。

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 いや、面白かったです。魚類研究者を目指す人の入門用というふれこみですが、門外漢の私のような一般の読者にもわかるようにかみ砕いて書いてあるうえ、半自伝的構成なので、遺伝子解析による分類学の変化がエキサイティングに記されているだけでなく、他の学者などとの人間臭いやり取り・エピソードも詳しく記されています。それらが面白さをうまく裏打ちしています。21世紀に入ってから魚類の分類体系が大きく変わり、遺伝子解析によって新事実が次々に出てきたことは様々に報じられてきたことなので、この本で出会った新事実は特にありません。しかし、魚類の分類体系の変化についてコンパクトにまとめた著作はなかなか見当たらなかったので、まとめとしても貴重な本だと思います。
 魚類というグループは分類学上もはや存在せず、脊椎動物脊椎動物自体、脊索動物門の下位グループに過ぎないわけですが)の中の無顎類・軟骨魚類・条鰭類(ほぼ完全に昔の硬骨魚類)・肉鰭類(シーラカンス・ハイギョ・両生類・爬虫類・鳥類・哺乳類など四肢動物のグループ)のうち、水中生活を行ってひれをもって魚という形態をしているものの寄り合い所帯に過ぎないのだそうです。シーラカンスやハイギョは一般概念上魚類に入りますが、分類学的にはカツオやマグロより人間に近しい存在なのだそうです。魚料理を常日頃突っついている感覚だとなかなか受け入れがたいものもありますが。

 

3、ウイルスは生きている 

ウイルスは生きている (講談社現代新書)

ウイルスは生きている (講談社現代新書)

 

 現在は教科書上、ウイルスは生命ではないとされています。しかし、そもそも生命の定義が学者によってまちまちなうえ、ウイルスに生命的な特徴が見られることもあるそうですし、ウイルス自体がいくつものドメインに分かれる可能性さえあるそうです。つまり、まだ分かっていないことが大半だということで、この本もあくまで途中経過をまとめたものになっています。どんどん研究が進んでいる分野なので、今後の追加情報にも期待したいです。 

【関連書籍】

  

生命のからくり (講談社現代新書)

生命のからくり (講談社現代新書)

 

 

4、MARS 火星移住計画 

マーズ 火星移住計画

マーズ 火星移住計画

 

  火星探査、火星への移住、テラフォーミングなどについて、最新のNASAの研究や計画の進行状況などをビジュアル的にまとめた好著です。火星探査に関わる科学分野がほぼ網羅されていてボリュームたっぷりですし、美しい図版が多く、見開きの火星の地図を見ているだけでも胸がときめきます。トランプ政権が科学予算を大幅に削ってアメリカの科学的威信を地に落とそうとしていますが、宇宙開発については潤沢に予算を投入しようとしているので、火星探査については引き続き進捗が期待できるでしょう。

 

5、恐竜はホタルを見たかー発光生物が照らす進化の謎 

恐竜はホタルを見たか――発光生物が照らす進化の謎 (岩波科学ライブラリー)

恐竜はホタルを見たか――発光生物が照らす進化の謎 (岩波科学ライブラリー)

 

 発光生物に特化した本はかなり珍しいと思います。ホタルやアンコウをはじめとする発光生物については、発光の原理は既に解明済みだとばかり思っていました。しかし、実はまだ解明されていない事柄も多く、非常に多彩で奥の深い現象なのだそうです。すみません、不勉強でした。

 やはり当ブログでレビュー済みなので、一部再掲します。

otomegu06.hateblo.jp

 ルシフェリンとは発光素ともいわれ、生物発光のもとになる物質の総称です。これが酸化反応を起こすことによって生物発光は行われます。そして、ルシフェラーゼとはこのとき触媒となる酵素の総称です。つまり、ルシフェリンがルシフェラーゼを触媒として酸化反応を起こし、発光する。この原理で生物発光は全て説明できるわけです。なんだ、簡単じゃないか。
 ・・・というのが、書影を上げた『恐竜はホタルを見たか』を読むまでの私の認識でした。問題は「総称」という表現です。つまり、ルシフェリンもルシフェラーゼも、全く分子構造の異なる物質を「生物発光」という現象のもとに寄せ集め、一括して呼んでいるに過ぎないのです。生物によって全く異なる物質を使っているうえに、発光のメカニズムも様々だとか。乱暴な表現かもしれませんが、例えば、ランタンと懐中電灯と発光ダイオードを「光る」という1点のみに絞って寄せ集め、全て同じ現象だと言い放つようなもののようなのです。完全に認識不足でした。
 他にも、自力発光で光るバクテリアのようなものだけでなく、体内に発光バクテリア共生させることで光る共生発光の生物もいるそうで、有名どころではチョウチンアンコウ共生発光なので、アンコウ自体が光っているのではないそうです。生物発光は奥が深いですね。
 生物発光のメカニズムは、様々な生物が並行進化で独自の様式を発達させてきたものが偶然「光る」という1点で似ている、というものだそうで、それら1つ1つをきちんと調べていかないと、生物発光のメカニズムを解明したことにはならないそうです。生物発光に対する認識が180度転回されました。