otomeguの定点観測所(再開)

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2017年極私的回顧その9 海外文学

 極私的回顧第9弾は海外文学です。いつものお断りですが、テキスト作成の際にamazonほか各種レビューを参照しています。なお、今回のテキストには一部濃厚な小児性愛の成分が含まれておりますので、お読みの方はご注意ください。

 

otomegu06.hateblo.jp

 

【マイベスト5】

1、アーダ

 まずは定型の引用から。

ロリータ、我が命の光、我が腰の炎。我が罪、我が魂。ロ・リー・タ。舌の先が口蓋を三歩下がって、三歩めにそっと歯を叩く。ロ。リー。タ。 

ロリータ (新潮文庫)

ロリータ (新潮文庫)

 

  ナボコフ『ロリータ』といえば、我々小児性愛者にとっての聖典です。しかし、『ロリータ』の主人公は12歳ながら男を知り、かつハンバートを誘惑して性行為に及ぶとはいえ、所詮は大人と子供といういびつな構図です。大人が少女のヴァギナに野太いペニスを突き立てるという、アンバランスで美しくない風景です。

 やはり最も美しいのは天真爛漫な子供同士のセックスです。無毛または和毛で皮かむりのおちんちんが無毛または和毛の美しいスリットに入っていくという、バランスのとれた構図こそ至高です。幼い性愛こそ真に愛でるべき対象です。

 幼い性愛を描きかつ近親相姦にまで踏み込んだ、ナボコフ『アーダ』。これこそインピオに染まった私にとっての聖典ですが、残念ながら長年翻訳が途絶えていました。おまけに原書はナボコフが持てる技術のほぼすべてを駆使した牙城であるため、難攻不落でした。 

Ada or Ardor (Penguin Modern Classics)

Ada or Ardor (Penguin Modern Classics)

 

 2017年、遂に待ちに待った新訳が出ました。もちろん新刊ではありませんが、極私的で反社会的な性癖に基づき、文句なしの1位に推します。 

アーダ〔新訳版〕 上

アーダ〔新訳版〕 上

 
アーダ〔新訳版〕 下

アーダ〔新訳版〕 下

 

  小児性愛者的にはなんといっても第一部でしょう。若島正のエロティックな翻訳の効果もあり、高密度に綴られた愛欲の描写は、並行世界や複数言語に渡る文学的な仕掛けの効果とも併せて読者を幻惑し、麻薬的な快楽へと陥れます。ナボコフがありとあらゆる仕掛けを凝らした作品であるため、性愛に溺れるもよし、張り巡らされた伏線を楽しむもよし、言語遊戯を味わうもよし、ペダンティックを堪能するもよし、物語をナボコフの人生に重ねてみるもよしなど、読書の愉悦の道筋は様々に用意されています。翻訳と原語を照応しながらゆっくりと読み進めるのがいいでしょう。

 物語は老人の昔語りという形式ですが、現代に近づくにつれてテキスト量が減っていき、構成もシンプルになります(文章の難解さ・豊饒さは変わりませんが)。しかし、単線的な構造の物語ではないため、時間軸を往復しながら各部分を照応させてパズルを組み上げ、一枚の細密画のように物語全体を見渡すこともできます。深淵へと開け放たれている豊饒な物語世界には、ありとあらゆる毒と快楽が満ち溢れています。

 何度でも再読に堪え、読む度に言語遊戯や物語の仕掛けについての発見がある、汲めども尽きぬ作品です。この作品を翻訳した労に大いに感謝するとともに、優れた翻訳で文学史上の特異点を楽しむことができる幸福に大いに祝杯を挙げましょう。

 

2、ほら、死びとが、死びとが踊る: ヌンガルの少年ボビーの物語 

ほら、死びとが、死びとが踊る: ヌンガルの少年ボビーの物語 (オーストラリア現代文学傑作選)

ほら、死びとが、死びとが踊る: ヌンガルの少年ボビーの物語 (オーストラリア現代文学傑作選)

 

  1826年頃の白人の入植者とアボリジニとの交流を綴ったコンタクト・ノベルです。幸い(??)物語の舞台は両者の交流が比較的スムーズに行われたとされる西オーストラリアであり、物語は激しい差別や衝突がなく穏やかに進行します。しかし、それでも両者の交流は一筋縄ではいかず、複数の問題が発生します。現代の視点から歴史的・社会評論的にこの作品を読解することも可能でしょう。

 しかし、この本の白眉はなんといってもアボリジニのドリーム・タイムです。現実と神話世界が融解し、個人が集団的記憶の中に没し、時間や空間や生や死や神的存在さえも超越していく、強力な想像力の沸き立つデイドリーム。語り手の視点があいまいになって時間や場所を自在に跳躍していく奔放さは、マジック・リアリズムとは別種の、もっとアニミズム的・根源的な魔術的快楽なのでしょう。

第12回:"時間"を持たないアボリジニの人々|CHEWING OVER

アボリジニの文化|ようこそシドニー 

アボリジニの世界―ドリームタイムと始まりの日の声

アボリジニの世界―ドリームタイムと始まりの日の声

 
オーストラリア・アボリジニの伝説―ドリームタイム

オーストラリア・アボリジニの伝説―ドリームタイム

 

 

3、ザ・ガールズ 

ザ・ガールズ

ザ・ガールズ

 

  ヒッピーブームの頃、チャールズ・マンソン率いるマンソン・ファミリーは殺人カルトとして名を馳せました。数々の殺人によって教祖は終身刑に処されますが、実際に殺人を行っていたのは狂気に駆られた若者たちでした。心に傷を負った若者たちは弱みにつけこまれ、コミューンによって次々に洗脳されていきますが、その過程を少女の視点から語った珍しい作品です。少女がカルトに引きずり込まれていく過程が、人間関係も含めてリアルに描かれています。刺激的な作品ですが、読後感はかなり悪いです。人間の暗部を直視することを覚悟の上で読みましょう。

チャールズ・マンソン - Wikipedia

マンソン・ファミリーが関与したとされる10の死の謎 : カラパイア

殺人博物館〜チャールズ・マンソン

www.youtube.com

 

4、ヤングスキンズ 

ヤングスキンズ

ヤングスキンズ

 

  アイルランドの田舎町に跋扈する若者たちを描いた短編集です。原文も確認しましたが、若い作家とは思えない筆力です。日常の中に潜む狂気や倦怠、失意、閉塞感などの負の連鎖。そしてわずかに見える救いの光。人間の持つグロテスクな猥雑さがごく平易な言葉で紡がれていく様は、実に音楽的で詩的で醜く淫靡で洗練され美しいです。このようなカッティングエッジ・鋭利さこそ、文学が有する尖鋭の一つであるはずです。沈滞する日本の文藝にもこういう特異な才能が出てきてほしいものです。 

Young Skins

Young Skins

 

 

5、周期律 新装版 

周期律 新装版 (イタリア文学科学エッセイ)

周期律 新装版 (イタリア文学科学エッセイ)

 

  これももちろん新作ではありませんが、不勉強なことに初読だったのでランキングに入れました。周期律の元素に作者の自伝的要素を絡めた作品であり、アウシュビッツを体験したレーヴィの生涯の断片や思想が練り込まれた小説です。しかし、削り込まれた語の羅列はむしろ散文詩と解するのが正しいでしょう。

 

【2017年とりあえず総括】

 豊饒な1年でした。近年になく海外文学に読書のエネルギーを割いたせいもありますが、近年話題のディストピア小説に始まり、多彩なテーマの小説に触れることができるとともに、いくつもの鋭利な文学に触れて知的快楽を得た1年でした。日本の文藝もこういう猥雑なエネルギーを持ってほしいものですが、なかなか難しいかなあ。また、かつての名作の新訳や復刊なども相次いだため、ベスト5にも2作ほど入れてみました。日本の文藝においても埋もれた作品をリバイバルするべきだと思うんですが、それも難しいかなあ。

 2017年の海外文学における最大のニュースといえば、もちろんカズオ・イシグロノーベル文学賞受賞でしょう。いずれ候補に入る作家だと思っていましたが、このタイミングでの受賞には驚きました。歴史小説の項でも触れましたが、カズオ・イシグロノーベル賞受賞講演に込められたメッセージは重いものです。世界大戦を引き起こした怪物が眠りから覚め、世界に分断と差別と混乱を巻き起こす中、多様性と寛容さを保つことこそ文学の使命であり、読み手としても多様な作品に目を通す姿勢を絶対に失ってはいけないと思っています。人間の暗部や猥雑さをえぐる尖鋭こそ現代の文学が有すべき武器であり、権力者がかざす言葉の暴力を打破する一助になるはずです。是非、2018年も刺激的な読書を楽しめる年であってほしいものです。