2018極私的回顧その6 ミステリ系エンタテイメント(国内)
極私的回顧第6弾はミステリ系エンタテイメント(国内)です。いつものことですが、テキスト作成のため『このミス』ほか各種ランキング、およびamazonほか各種レビューを適宜参照しています。
【マイベスト5】
1、それまでの明日
14年ぶりとなる探偵・沢崎シリーズの帰還。各ランキングで1位を独占した大本命でしたが、やはり1位に挙げざるを得ないと思います。既に当ブログでレビュー済みの作品ですが、再掲します。
これぞ国産ハードボイルドの最高点。14年待った甲斐があるというものです。久しぶりの沢崎との邂逅に、肩に力を入れて読み始めましたが、始まってしまえば何のことはない、いつもの原・ハードボイルドの世界でした。飲み屋で昔の友人に会うような気楽さで物語に入っていけるのは僥倖でした。探偵・沢崎の帰還に大いに祝杯を挙げました。
作者が物語に向き合う真摯な姿勢と研ぎ澄まされた文章は、まさに好みのワインを味わっているかのような極上の快楽でした。本格ミステリではありませんが、精妙な論理構造は本格ミステリファンも納得させる出来栄えでした。この後によほどの作品がこない限り、2018年のベストワンはこれで決まりでしょう。この作品をけなすようなガキは今後一切ハードボイルドを読まなくてよろしい。
不満点が1つあるとすれば、とにかく刊行ペースが遅いこと。次作の構想は既にあるそうですから、次はせめて数年で出してほしいと切に願います。
2、ベルリンは晴れているか
深緑野分が『戦場のコックたち』に続き、第2次世界大戦を舞台にした歴史ミステリを出してきました。戦後パートと戦時中のパートが巧妙に絡み合って登場人物の過去を映し出すとともに、全体主義が跋扈した時代の陰翳が読者に突き付けられる再現力は見事の一言。ミステリとしての完成度も高く、現時点における作者の代表作といっていいでしょう。
3、雪の階
奥泉光がまた傑作を生み出しましたね。昭和初期の歴史小説であり、物語は天皇機関説や相沢事件から始まります。
幾重にも重なったプロットでミステリとしての仕掛けも骨太であり、多視点が絶妙に入れ替わる三人称の文章は濃密に練り込まれていながらも読みやすい文体で、文学=文芸としての完成度も高いです。そして、登場人物たちのドラマも多彩。奥泉光にしか書くことのできない、複合的な読み方のできる良作です。
4、宝島
既報の通りですが、直木賞受賞作です。
書店も驚き!売り切れ続出 直木賞受賞作「宝島」は戦後沖縄が舞台 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス
占領期の沖縄を舞台に、米軍に立ち向かう「戦果アギヤー」のアウトローたち。基地への侵入に失敗して散り散りになりますが、登場人物はそれぞれの人生で苦闘しながらも沖縄の基地問題に立ち向かいます。沖縄の声を黙殺する日本政府、米軍の周囲に渦巻く利権、なくならない米兵の犯罪など、現在につながる基地問題を鋭くえぐる、批評性にも優れた作品です。奇しくも2018年は翁長知事が亡くなった年であり、運命的なリンクもあったのでしょう。
5、東京輪舞
ロッキード事件に始まる日本の裏面史を暴き出す作品です。主人公の視点から描かれるのは、国益や省益、組織保持の論理が優先されて国民が置き去りにされ、権力の都合で事件の真相が歪められていく醜い歴史の諸相です。この国の警察と政治がいかに劣化を極めているかを問う、風刺性と批評性に富んだ良作といえるでしょう。
【2018年とりあえず回顧】
探偵・沢崎の帰還を筆頭に、傑作・良作が相次ぎ、極私的には近年まれにみる豊作の年でした。骨太なエンタテイメントとして純粋に楽しめるだけでなく、歴史や政治の批評として上質な作品が多く、結果として例年になく硬派なマイベスト5になった気がします。昨年は娯楽に徹した作品が最も強いと書きましたが、娯楽性と批評性・政治性を両立させる方法などいくらでもあるということですね。
定見を持たない我が国の為政者たちが、この作品群のような知性に少しでも触れてくれると、政治ももう少し面白くなると思うのですが。まあ、無理か。