otomeguの定点観測所(再開)

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2018極私的回顧その8 歴史・時代(書籍)

 歴史小説・時代小説の書籍についてのまとめにいきます。いつものお断りですが、テキスト作成の際にamazonほか各種レビューを参照しています。

 

otomegu06.hateblo.jp

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【マイベスト5】

 

1、星夜航行 

星夜航行 上巻

星夜航行 上巻

 
星夜航行 下巻

星夜航行 下巻

 

  《本の雑誌》の縄田一男のコメントと重なりますが、2018年の歴史小説は2強が抜けていたと思います。2強の1つめ、まず1位は文句なしにこちらの作品です。当ブログでレビュー済みなので再掲します。

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 今年読んだ歴史小説の中では、この作品が今のところベストワンです。完成に9年かかったという労作は読み応え十分の傑作に仕上がっており、各紙の書評やWEB上のレビューなどでも好評のようです。寡作の作家さんですが、今回も待った甲斐のある作品でした。
 以前の作品では島原の乱隠岐騒動が取り上げられていましたが、今回の題材は秀吉の朝鮮出兵です。主人公・沢瀬甚五郎については恥ずかしながら浅学のため知らなかったのですが、実在の人物だそうです。権力者が奇麗事で塗り固めた歴史を真っ向からひっくり返す民衆視点の痛快な語り口は、この作品でも健在です。戦乱がやや落ち着いた安土桃山の華やかな時代を舞台に、堺や九州や対馬を駆け巡る甚五郎の人間的成長が瑞々しく描かれていきます。また、天下統一に向けた秀吉のえげつない振舞いや、秀吉の妄想が原因となった朝鮮出兵などについては、主人公の視座から反権力の立場で描かれており、権力者を掌の上で転がす飯島節は辛辣にして痛快です。その一方で、朝鮮・明・秀吉軍・反秀吉などという多視点から歴史が語られる複眼的な側面もあり、一枚岩ではない歴史の陰翳も映し出されています。
 上巻では船戦や商い、上巻から下巻にかけては朝鮮出兵の戦いの様子が詳細に描かれていて、作者のディテールへのこだわりは相変わらずすさまじいものがあります。描写があまりに細かいため、ストーリーラインが立ち止まってしまう箇所もいくつかありますが、そこをマイナスに評価するのは野暮というものでしょう。慌てず騒がず、想像力を働かせながら臨場感を味わうのが読書の愉楽だといえるでしょう。
 甚五郎はやがて反秀吉軍に身を投じ、朝鮮出兵敗戦処理に関わっていく中で、本人が思いもかけない数奇な運命をたどることになります。そして、終章で意外な結末が待っているのですが、ネタバレは興を削ぐのでやめましょう。あとは実際に読んで確かめていただければと思います。

 

2、雲上雲下

雲上雲下(うんじょううんげ) (文芸書)

雲上雲下(うんじょううんげ) (文芸書)

 

 2018年の2強のもう1つです。よく知られた昔話を朝井まかて流に大胆に脚色した短編群が終章に向かって長編として織り上げられていく、構成力が素晴らしいです。歴史小説に入れましたが、ファンタジーとしても優れていると思います。特に、作品の後半で民話が有する人間の想像力を喚起する力が失われていくことに対して、作者が物語る者として反旗を翻して原初の想像力を守ろうとする様が、非常に高い熱量を有しています。内容の多彩さと強烈なテーマ性が非常に印象深い作品です。

 

3、宇喜多の楽土 

宇喜多の楽土

宇喜多の楽土

 

  この作品もレビュー済みなので再掲します。

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宇喜多の捨て嫁

宇喜多の捨て嫁

 

  『捨て嫁』がダークでトリッキーな短編集であったのに対し、『楽土』はごくまっとうな歴史小説になっています。『捨て嫁』に連なる宇喜多秀家の生涯が読みやすいボリュームに密度濃く収められていて、リーダビリティもなかなか。しかし、やや端折りすぎていて描写の薄い部分やもっと掘り下げてほしい部分などもあるので、一長一短というところでしょうか。秀家の生涯は波乱万丈なものであるためストーリーは面白いですし、宇喜多家から見た関ヶ原という通説と一線を画した独自の着眼点もあり、歴史的なひねりもあります。また、関ヶ原の後の秀家は島流しに遭うなど不遇な晩年を過ごしたため、どうしても物語全体に暗い帳が下りてしまいます。それでも、秀家と豪姫の絆が清々しい印象を与え、良い読後感につながっています。たとえ報われたとはいいがたい生涯でも、秀家自身が納得して生きたのだからそれで良いのでしょう。
 『捨て嫁』のインパクトには及びませんが、『楽土』は手堅い佳作であり、歴史作家としての木下昌輝の力量を味わうのに十分な作品です。しかし、それでもやはり直木賞にはもう一歩という印象で、食い足りなさも残りました。コンスタントに新刊を追っている作家さんの1人ですし、そろそろキャリア的にも重厚な大作を期待したいところですね。

 

4、元禄六花撰 

元禄六花撰

元禄六花撰

 

  手抜きのようで申し訳ないですが、こちらもレビュー済みなので再掲します。

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 野口武彦の作品はフィクションとノンフィクションの境界線上のものが多いですが、この作品はフィクション側に寄った「ネオフィクション」だそうです。社会科学的な論考の部分もありますが、やはり歴史小説として読むのが一番しっくりきます。
 上記にリンクを貼った書評や帯の文句とも重なりますが、所詮、江戸時代も現代も人間のやっていることは変わりません。二流の作家が井原西鶴を痛罵して信用を失い、物書きとして大成することなく人生を終えたことに、現代のネット言説を重ねてみたり。トランプ賭博で歴史が動いてしまう様をいい加減だなと思いつつも、現在のアベノミクスも日銀の振舞いもばくちみたいなものだと思ったり。あさましい金の世である元禄が歌舞伎を通じて描かれますが、お金に執着する現代人も大して変わらないと思ったり。『曾根崎心中』の現代性に改めて膝を打ったり。

 

5、大名絵師写楽 

大名絵師写楽

大名絵師写楽

 

  蔦屋重三郎をはじめとする版元が仕掛けた、公儀に対する反抗としての写楽。この新たな視点で描かれた物語が斬新だと思います。作品の後半ではなぜ写楽が忽然と消えたのかという謎が明らかになり、写楽の画風が移り変わった理由についても説明されています。写楽という使い尽くされた題材を新たなアプローチで料理した秀作でしょう。また、江戸前の文体が小気味よく、リーダビリティも高いです。

 

【2018年とりあえず回顧】

 ここ数年、歴史小説・時代小説がやや盛り上がりに欠けていた印象がありましたが、2018年は豊作でした。歴史を独自に解釈して物語へと織り上げるだけでなく、歴史解釈を通じて現代の政治や社会に対する批評を行う、骨太な作品も多かった気がします。昨年の回顧で触れたカズオ・イシグロの言葉の繰り返しですが、歴史を歪んだ視線で解する権力者たちが跋扈し、分断と差別が横行する中で、民衆に根差した歴史と言葉こそ重要であり、歴史について語る言葉も、歴史を受け止める私たち自身がもっと多様でなければなりません。そして、他者の歴史観を認める寛容さを持たなければなりません。偽史を振りかざす修正主義者たちへのレジストとして、歴史小説の持つ役割は大きいと思います。