otomeguの定点観測所(再開)

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2018極私的回顧その9 海外文学

 極私的回顧第9弾は海外文学に参ります。いつものお断りですが、テキスト作成の際にamazonほか各種レビューを参照しています。

 

otomegu06.hateblo.jp

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【マイベスト5】

1、パールとスターシャ 2、ヨーゼフ・メンゲレの逃亡

パールとスターシャ (海外文学セレクション)

パールとスターシャ (海外文学セレクション)

 

  2018年に読んだ中で最も印象深く、最も壮絶だった一冊です。「殺人医師」「おじさん先生」といわれたヨーゼフ・メンゲレによる人体実験を描いたすさまじい作品です。双子や三つ子が集められ、メンゲレの暇つぶしや気まぐれのために実験という名の拷問や屠殺が繰り返される様は、悲しみや憤りを通り越して深い憎悪を呼び起こします。口笛を吹きながら子供の体をいじくりまわす非人間にどんな感情を向ければいいというのでしょうか。

 それでも読み進めることができるのは、メンゲレに対する憎悪を糧としながらも必死に生き延びようとする子供たちのひたむきさがページを繰らせてくれるからでしょう。最後にパールとスターシャが救いを得たことで、読後感はすがすがしいものになりました。

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ヨーゼフ・メンゲレの逃亡 (海外文学セレクション)

ヨーゼフ・メンゲレの逃亡 (海外文学セレクション)

 

  そして、併せて読まなければならないのがこちらの作品です。南米におけるメンゲレの逃亡生活を描いた作品で、彼が自身の残虐行為を修正悔い改めなかったこと、彼を支援するコミュニティが南米だけでなくヨーロッパにも存続しつづけたことが綴られています。メンゲレと周囲の人々の描写が人間味あふれるものであるだけに、彼の背後に横たわる優生思想や罪の意識が皆無であることなどとの対比が際立っています。

 歴史を顧みることなく、都合のいい偽史を振りかざして戦争を礼賛する修正主義者たちが世界を跋扈する状況下で、この2冊が存在する意味は極めて重大なものです。そして、歴史に対して無恥=無知な為政者が吠えている日本の状況がいかにお寒いものであるかを、改めて痛感してしまうのです。

 ジーク・アベ! ジーク・アベ! ジーク・アベ!

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3、ガルヴェイアスの犬 

ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)

ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)

 

  失礼しました。通常の回顧に戻りましょう。

 ポルトガルの作家といえばサラマーゴが有名ですが、他にもまだまだ実力者がいるのだと教えてくれる作品です。人口千人余りの村・ガルヴェイアスに巨大な名もなきものが落下し、そこから発せられる強烈な硫黄臭と干ばつ。災害に振り回されながらも生々しい群像劇を展開する村人たち。登場人物が100人を超えるため、物語の全体をとらえることがなかなか難しいのですが、見知った人物がところどころに再登場し、心温まることがしばしばあります。作品内では名前に魔力が付与されており、名前があることで登場人物が人間性を持ちます。しかし、「名前のないもの」は最後まで名無しのままで、謎の存在のまま物語が終わります。村人たちの人間模様に親しみを感じながらも、もやもやとした謎を抱えて本を閉じる不思議な読後感があります。人生と世界のあわいを織り上げる、南欧マジックリアリズムとでも称すべき作品です。

 

4、ハウスキーピング 

ハウスキーピング

ハウスキーピング

 

  鉄道の脱線事故で亡くなった祖父の喪失がじわじわと家族を蝕んでいきます。舞台となっている湖の自然や移り行く四季の姿が美しく描写されているため、家族の暮らしが徐々に砕けていく様が一層痛ましく思えます。詩情豊かな悲しい虚無の物語です。

 

5、知の果てへの旅 

知の果てへの旅 (新潮クレスト・ブックス)

知の果てへの旅 (新潮クレスト・ブックス)

 

  文学というより科学ノンフィクションとしてレビューすべき作品ですが、クレストブックスなのでここに入れました。数学者である著者が物理学・天文学・生物学・脳科学などの先端の学問を、様々な根本問題的難問への示唆とともに紐解く、科学史的な解説というか連作短編です。適度なユーモアを交えながら読者を知的探求へと引き込んでくれます。一般教養としては上質の本ですが、文学として読もうとすると肩透かしを食うのでご注意ください。

 

【2018年とりあえず総括】

 極私的な問題意識としては『パールとスターシャ』のところで書いたことに尽きます。しつこいですが、カズオ・イシグロのパクリを繰り返します。歴史を歪んだ視線で解する権力者たちが跋扈し、分断と差別が横行する中で、民衆に根差した歴史と言葉こそ重要であり、歴史について語る言葉も、歴史を受け止める私たち自身がもっと多様でなければなりません。そして、他者の歴史観を認める寛容さを持たなければなりません。欺瞞に満ちた為政者と現状に安住する私を含む群集に、いかに辛辣で鋭利な言説を突きつけ、目を覚まさせるのか。今こそ文学の果たすべき役割は大きいはずです。

 また、当ブログで取り上げ忘れましたが、2018年は新潮社のクレストブックスがめでたく20周年を迎えました。長年海外文学を愛好してきた読者としては、本当にお世話になっている叢書です。今後ともじっくりお付き合いさせていただく所存でございますので、末永くよろしくお願いします。

https://www.shinchosha.co.jp/crest/pdf/20th_fair.pdf(20周年記念冊子)

【ホンノワまとめ】「祝 #新潮クレスト・ブックス #創刊20周年」 | 本が好き! 通信

新潮クレスト・ブックス+海外文学編集部 (@crestbooks) | Twitter