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2019SFセミナーレポートその3 ハーラン・エリスンと危険なヴィジョン

 挙げられるうちにどんどん挙げておきましょう。レポート第3弾は本会企画3コマ目、「ハーラン・エリスンと危険なヴィジョン」です。パネリストは牧眞司高橋良平中村融堺三保の各氏でした。

  

ハーラン・エリスン - Wikipedia

Harlan Ellison 1934 - 2018

ハーラン・エリスン(Harlan Ellison) 

ハーラン・エリスン氏、死去

Dangerous Visions (SF Masterworks)

Dangerous Visions (SF Masterworks)

 

Dangerous Visions - Wikipedia

牧眞司 - Wikipedia

牧眞司(shinji maki) (@ShindyMonkey) | Twitter

牧眞司 - シミルボン

高橋良平 (SF) - Wikipedia

中村融 (SF) - Wikipedia

堺三保 - Wikipedia

Mitsuyasu Sakai/堺三保 (@Sakai_Sampo) | Twitter

 とりあえず貼るのはこんなもんで。

 ハーラン・エリスンといえば、やっぱり伊藤典夫訳。パネリストの方々と同じく、私もあのかっこよさからエリスンの世界に入った口です。 

伊藤典夫 - Wikipedia

  エリスンは自分の作品の版権を自分(の会社)でコントロールしたいというコントロールフリークだったそうで、勝手に翻訳できないことはもちろん、版権がなかなかとりにくくて、日本での翻訳・紹介がしにくい作家だったそうです。後年はエリスンの病気が進んで翻訳しやすくなったそうですが。とにかく作品に対する自己愛が強く、自分の才能に自信があるという、SF界では珍しいタイプだったそうです。

 エリスンといえば、初期のThe Sci Fi Channelによく出ていたり、シンプソンズに出ていたりして、テレビではよく怒鳴っているおじさんというイメージがあったとのことです。

Syfy - Wikipedia

www.youtube.com

 エリスンは映画評がきつくて、「こんなSF(映画)はだめだ!」とのたまい続けていたそうです。ニューウェーブ世代で自分では前衛的な表現を使う割には、倫理感が強く、科学考証にもうるさかったので、それらがいい加減な作品に対しては当たりが厳しかったようです。

 テレビ界・映画界では喧嘩・トラブルが多く、よく「アイデアを盗まれた!」と訴えを起こしたり、脚本にケチをつけたりしては、あちこちでもめていたとのことです。自己愛が強いだけでなく、師匠のHoward Rodmanからの影響で「Don't fear」「相手の言いなりになるな」と教えられていたそうです。企画の途中で外されることは多くても、いつも何かしら仕事を抱えていたわけですから、叫んで目立つというのはエリスンなりの処世術(??)だったのかもしれません。

Howard A. Rodman - Wikipedia

Howard A. Rodman - IMDb

 SF界でも、チャールズ・プラットを殴ったとか、コニー・ウィリスの胸を触ったとか、何かとトラブルを起こしていました。ウィリス関連のこともあり、フェミニストからの評判は良くなかったようです。

コニー・ウィリス - Wikipedia

www.youtube.com

Charles Platt (author) - Wikipedia

Allegations of assault on Charles Platt
In 1985 Ellison allegedly publicly assaulted author and critic Charles Platt at the Nebula Awards banquet.Platt did not pursue legal action against Ellison, and the two men later signed a "non-aggression pact", promising never to discuss the incident again nor to have any contact with one another. Platt claims that Ellison often publicly boasted about the incident.

Harlan Ellison - Wikipediaより引用

  スタトレファンの前でも、「お前らが楽しめるのは俺のおかげだ!」とのたまっていたそうで、様々なところで叫んではトラブルを起こすおじさんだったようです。まあ、叫ぶおじさんとしてのエリスンはもはやアイコン化していたようなので、ファンからするといいネタだったのかもしれません。

 フェミニストの間では評判が悪かったそうですが、エリスン自身はユダヤ人で、少年期はクラスの中でただ1人のユダヤ人として差別を受けていた経験もあり、マイノリティーに対する意識は高かったそうです。小説や脚本の中で黒人や女性に触れることもありましたし、スタトレの脚本においても倫理を問うもの、女性の権利について描いたものがあります。 

The City on the Edge of Forever: The Original Teleplay (English Edition)

The City on the Edge of Forever: The Original Teleplay (English Edition)

 

『スター・トレック』「危険な過去への旅」 | 銀幕と緑のピッチとインクの匂い

Star Trek: U.S.S. Kyushu - TOS Episode Guide (No.28 "The City on the Edge of Forever")

危険な過去への旅(エピソード) | Memory Alpha | FANDOM powered by Wikia

The City on the Edge of Forever - Wikipedia

www.dailymotion.com

 また、同じユダヤ人ということではアシモフやシルヴァーバーグとも仲が良かったとのことです。日本人にはユダヤ人も他の民族も同じ白人に見えてしまうので、ユダヤ人問題については日本人にはぴんとこないところがあるかもしれません。パネルではSFとユダヤの関係についてカバラやゴーレムなどの話も出ていましたが、今一つ議論が深まらなかった印象があるので、割愛します。

アイザック・アシモフ - Wikipedia

ロバート・シルヴァーバーグ - Wikipedia

 さて、エリスンは1957~59年はアメリカ軍に従軍していましたが、1959年に帰ってきてから雑誌《Rogue》の編集者になりました。二流雑誌で売れ行きが今一つのところ、SF作家にポルノを書かせて赤字分を穴埋めしたり、自分の独断でどんどん雑誌にSF作家を起用したりするなど、かなりやりたい放題だったようです。それでも、アルフレッド・ベスタ―のコラムBester's worldや、Lenny Bruceの起用など、後に重要性が認められた仕事もあったとのことです。

アルフレッド・ベスター - Wikipedia

Rogue (magazine) - Wikipedia

Frank M. Robinson - Wikipedia

Lenny Bruce - Wikipedia

 エリスン出世作となったのは、1961年にRegency Booksから出た(というよりは自分の作品を自分の版元から出した)『Gentleman Junkie and Other Stories of the Hung-Up Generation』でした。これが雑誌《Esquire》の書評でドロシー・パーカーに絶賛され、そこからエリスンはパーカーの書評を名刺代わりにしてハリウッドに売り込みをかけたとのことです。

Gentleman Junkie and Other Stories of the Hung-Up Generation

Gentleman Junkie and Other Stories of the Hung-Up Generation

 

Esquire (magazine) - Wikipedia

ドロシー・パーカー - Wikipedia

Dorothy Parker famously gave it a good review, saying Ellison was "a good, honest, clean writer, putting down what he has seen and known, and no sensationalism about it." Ellison has since stated that the positive review from such a prominent literary figure changed his life and gave him a sense of validation as an author.

Gentleman Junkie and Other Stories of the Hung-Up Generation - Wikipediaより引用

  Regency Booksで、エリスンは他には誰もやらないことをやろうとしていました。それは社会へのプロテストであり、前の世代への批判であり、エリスン独自の尖鋭だったようです。『危険なビジョン』はダブルデイから出版されましたが、エリスンの編集意図はRegency Booksにおけるそれと同じでした。人任せではアンソロジーがうまくいかないから、自分でやるしかない。そして、やるからにはSF界における人種や同性愛などのタブーを打破したい、という思いが強くあったようです。

Dangerous Visions - Wikipedia

Doubleday (publisher) - Wikipedia

 1960年代までのアメリカは表現について保守的で強い規制があり、へたをすれば発禁を食らう可能性がありました。例えば、イギリスのPentohouseにはヘアヌードが載っていたがアメリカのPLAYBOYには載っていなかったためPLAYBOYの売り上げが落ちた、なんてこともあったそうです。過激な表現を行えばFBIのフーヴァ―に何をされるか分かったもんじゃないので、迂闊に動けなかったのだということです。

Penthouse (magazine) - Wikipedia

PLAYBOY - Wikipedia

Playboy - Wikipedia

ジョン・エドガー・フーヴァー - Wikipedia

"Assassinating" J. Edgar Hoover

AIM Report: 2003 Report # 7 - Did Mueller Know Hoover's Dark Secret?

FBI — J. Edgar Hoover

 また、アメリカにおけるSFはジュヴナイルの色合いが強く、ハイティーンがメインの読者層であるため、アダルトな表現への自主規制がありました。今でもあります。エリスンにはこれらの縛りを打破しようという意識も強くあったようです。

 1950年代末、第2次黄金期を終えたアメリカSFは退潮を迎えていました。スプートニク・ショックでアメリカ全体が宇宙やサイエンスに対して弱気になる中、アシモフブラッドベリなどのビッグネームがSFを書かなくなり、マーケットが縮小していったそうです。

スプートニク1号 - Wikipedia

スプートニク・ショック - Wikipedia

レイ・ブラッドベリ - Wikipedia 

たんぽぽのお酒 (ベスト版文学のおくりもの)

たんぽぽのお酒 (ベスト版文学のおくりもの)

 

  

何かが道をやってくる (創元SF文庫)

何かが道をやってくる (創元SF文庫)

 

  また、1960年代には〈指輪物語〉がヒッピーを中心に大ヒットするなど、SFではなくファンタジーブームになっており、表象としてのSFが弱くなっていたそうです。

(極私的にはこんな大雑把な分析でいいとは思えませんが、とりあえずパネルで語られていたことをまとめておりますのでご了承ください) 

新版 指輪物語 全7巻

新版 指輪物語 全7巻

 
文庫 新版 指輪物語 全9巻セット

文庫 新版 指輪物語 全9巻セット

 

  『危険なビジョン』は、こんなSF退潮の時代にハードカバーで5万部を売り上げ、異色のSFアンソロジーとなりました。当時の時代状況に照らしてみれば、エリスンのプロテストの意思がニューウェーブに刺激を受けていたSFファンに共振し、停滞していたアメリカSF界に一定の衝撃を与えたということになるでしょう。

 現代の視点から見ても『危険なビジョン』に価値はあるのか? という問いがパネルの最後でなされていました。現在でもタブーは解消されていないから現在でもアクチュアリティを有しているが、若書きで実験的だったので不十分なところもあった、というまとめになっていました。

 随分と甘い総括だと思います。極私的には、『危険なビジョン』の収録短編について時代性を抜きにして作品の普遍性を問うてしまえば、ほとんどの短編が時代に埋もれると思います。今回の三部作の翻訳も、エリスンの再評価やSF史的な意味はあると思いますが、新しく面白いSF短編を現代の読者に提供するという点では、やはり物足りなさがあります。これもパネルで出ていましたが、収録された新人作家で生き残ったのはスターリングとカーくらいですから。

ブルース・スターリング - Wikipedia 

Gothic High-Tech

Gothic High-Tech

 

テリー・カー - Wikipedia 

Cirque (Gateway Essentials) (English Edition)

Cirque (Gateway Essentials) (English Edition)

 

  夜の合宿企画の方には顔を出していないので、ここまでのテキストとさせていただきます。あしからずご了承ください。