otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2019極私的回顧その15 海外文学

 多忙のため、すっかり更新の間が空いてしまいました。ここ数年で最もペースが遅くなっております。更新が途切れがちな場末ブログですが、飽かずお付き合いいただければ幸いです。極私的回顧第15弾は海外文学です。いつものお断りですが、テキスト作成の際にamazonほか各種レビューを参照しています。

 

2018極私的回顧その9 海外文学 - otomeguの定点観測所(再開)

2017年極私的回顧その9 海外文学 - otomeguの定点観測所(再開)

2016極私的回顧その9 海外文学 - otomeguの定点観測所(再開)

 

【マイベスト5】

1、七つの殺人に関する簡潔な記録 

七つの殺人に関する簡潔な記録

七つの殺人に関する簡潔な記録

 

  1976年のボブ・マーリー暗殺未遂事件を下敷きにしたドキュメント・ノベルです。麻薬抗争に巻き込まれた若者たちの声を動力として、死者の声までも一人称で綴られています。どす黒い描写が700ページにわたって続くので決して「簡潔な記録」ではありません。アメリカという枢軸の周辺に位置し、政治的・歴史的に様々な悲哀と暗部を経験してきたジャマイカの様相について、若者たちが赤裸々に語っており、猥雑にして雄弁な会話で織り上げられた、極めて骨太なノワールです。シンプルな言葉が帯びた力強く鋭利な歴史性・政治性に敬意を表し、この作品を2019年のベストワンとします。

ボブ・マーリー - Wikipedia

 

2、隠された悲鳴 

隠された悲鳴

隠された悲鳴

 

  現在も行われている儀礼殺人についてボツワナの現職女性大臣が告発した、フィクションでありノンフィクションで、各所で話題になりました。amazonのレビューにもあるように、全編にわたって噴出す不快感・胸糞悪さが圧倒的で、最悪の読後感です。儀礼や因襲の名のもとに行われている非人道的行為に対して、ほとんどの読者が声を嫌悪を示すことでしょう。フェミニズムや人種偏見などといった隘路を越え、人間の尊厳について普遍的に問い直す傑作です。女性差別・蔑視を行うくだらない輩はすべて消えてしまえばいい。

 

3、オーバーストーリー 

オーバーストーリー

オーバーストーリー

 

  環境破壊の問題について、アメリカの過去から現在までをシンプルにかつリーダビリティ高く織り上げた佳作である、とはいえます。人間社会や認識の闇を物語にそつなく織り込んでおり、過度に高邁にならないパワーズのさりげないペダンティックも健在です。しかし、あまりに聖化されたこの物語においては、パワーズがかつて駆使した疾走感や外連味はほぼ皆無であり、読み手によってかなり評価の分かれる作品だと思います。ランクインさせるかどうかかなり悩みましたが、パワーズの新境地と私は判断することにして、ここに入れました。

 

4、回復する人間 

回復する人間 (エクス・リブリス)

回復する人間 (エクス・リブリス)

 

  精神・身体・社会的地位・尊厳など、人間が負った様々な傷=疵は、必死に回復を試みても、その道程は実際の治癒の難しさと向き合う苦闘であり、一筋縄でいくものではありません。傷ついた人間の知覚や認識の描写が痛々しく繊細でリアルで、私自身の闘病経験に重ねつつ引き込まれました。苦闘の果てにあるのはハッピーエンドではないかもしれないですが、結局、どっこい、生きていくしかないってことです。再生へと向かう作者の静かな祈りが感じられ、読後感は清々しいものでした。

 

5、七つの空っぽな家 

七つのからっぽな家

七つのからっぽな家

 

  一見悪文にも思える不明瞭な文体を用いて、認知症・変質者・裸族の露出狂など、世間からは正気を逸脱されたとみなされる人々の心情や生き様をやはり正気を逸脱した党に見える語り手が繊細に紡ぐ、ドキュメンタリー的な作品です。あとがきで訳者が普通の感覚が揺るがされると書いていましたが、そもそも、普通とはノーマルとは何なのでしょうか? 変態である私には、登場人物たちの行動はいたってまともなものにも見えました。変態であるからこそ人生は面白く、豊かになる。それもまた真実です。

 

【2019年とりあえず総括】

 文学は鋭利で政治的な言説です。そして文学者は自覚的に政治的な発信を行うべきです。力のない国内文芸に比べると、どうしても海外のエッジの利いた作品が目についた1年でした。3年連続で同じことを書きます。というか、すみませんがほとんど昨年のコピペで恐縮です。歴史や人種や性差や階級差などを歪んだ視線で解する権力者たちが跋扈し、分断と差別が横行する中で、民衆に根差した言葉こそ重要であり、文学について語る言葉も、言説を受け止める私たち自身ももっと多様でなければなりません。そして、他者を認める寛容さを持たなければなりません。

 歴史修正主義者を顕彰し、政治性から目を背けたことで、ノーベル文学賞は完全に死にました。政治的無知=無恥としかいいようがないですね。カズオ・イシグロが受賞式の場で語ったことは何だったのでしょうか。本来、文学や学問は権威におもねるものではなく、反権力こそ文学や学問の駆動力です。欺瞞に満ちた為政者と現状に安住する私を含む群集に、いかに辛辣で鋭利な言説を突きつけ、目を覚まさせるのか。引き続き、文学の果たすべき役割は大きいはずです。

ペーター・ハントケ - Wikipedia

CNN.co.jp : ハントケさんのノーベル文学賞受賞に怒りの声、「虐殺否定論者」の指摘

吐き気、あぜん、不道徳……ノーベル文学賞の選考が猛烈に批判された理由 | 文春オンライン

国際舞台で非難されるP・ハントケのノーベル文学賞受賞と日本のゆるい大宅賞ノンフィクションと戦争の記憶を語るナラティブ|りんがる aka 大原ケイ|note

コソボ、ノーベル文学賞のハントケ氏を入国禁止に 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News