otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2019極私的回顧その16 国内文藝

 極私的回顧第16弾は国内文藝です。いつものお断りですが、テキスト作成の際にamazonほか各種レビューを参照しています。

 

2018極私的回顧その10 国内文藝 - otomeguの定点観測所(再開)

2017年極私的回顧その10 国内文藝 - otomeguの定点観測所(再開)

2016極私的回顧その10 国内文藝 - otomeguの定点観測所(再開)

 

【マイベスト5】

1、夏物語 

夏物語

夏物語

 

  生殖医療の発達によって、産むという行為が女性の身体から乖離していく現在において、子供を持つということの根源について問うた物語です。性的虐待、モノ化する子供なるもの、それでも切り離せない性愛、子供を持つことの暴力性など、多彩なテーマを内包した力作であり、社会評論としても定立しています。極私的に身につまされることも多く、あえてこれを2019年度の1位に持ってきました。

 

2、遠の眠りの 

遠の眠りの

遠の眠りの

 

  福井の女性歌劇団を舞台に、『青鞜』に触れ、自らの生き方を模索して苦闘する少女たち=女性たちの物語です。福井は女性の就業率が高く、一見自立した女性の多い先進地域のようで、実は因習やしがらみにがんじがらめで閉鎖的。少女たちの苦悩が繊細な文体ですくい上げられ、たおやかな印象を与えています。一方で、急速な近代化が人格の匿名化とモノ化を加速させ、都市と農村が格差で歪み、それでもなお前に進む少女たち。戦前の女性運動が戦争によって潰えていく歴史があるだけに、彼女たちのひたむきさは瑞々しくも痛々しいです。

 

3、生命式 

生命式

生命式

 

  村田沙耶香は2019年も健在でした。人間社会の規範や禁忌を転倒させ混交させ、自在な小説世界に編みかえる彼女の想像/創造力や実験精神は、多分にSF的ですが、本来文学やフェミニズムなどが有するべき暴力性でもあるはずです。死者の肉を食らい毛をまとい、セックスや生殖が奔放に生産的に行われる社会は、きっと現実の日本より正常で幸福な国なのです。これまで長編で発揮されてきた彼女の多彩な世界と元型が詰まった良質の短編集であり、村田沙耶香入門としてもお勧めでしょう。

村田沙耶香さん短編集「生命式」インタビュー 常識を疑い、タブーに切り込む |好書好日

従来の価値観を揺るがす! 死んだ人間を食べながら、男女が受精相手を探す…『生命式』村田沙耶香インタビュー | ダ・ヴィンチニュース

村田沙耶香ロングインタビュー 世界を「食べて」生きている 『生命式』(河出書房新社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

 

4、むらさきのスカートの女 

【第161回 芥川賞受賞作】むらさきのスカートの女

【第161回 芥川賞受賞作】むらさきのスカートの女

 

  いうまでもなく、芥川賞受賞作になったベストセラーです。賛否両論あるようですが、私は好印象でした。ストーカーである一人称の主である語り手が暴走しながら、観る者と観られる者の境界が次第にぼやけ、語り手自身が他者であったはずの「むらさきのスカートの女」の位置に収まります。それはシュールリアルな幻想なのか、ストーカーの妄想なのか、ダメ人間が語る己自身のことなのか。語り手自身も狂気を孕むつくりはいつもの今村節ですね。

 

5、オーガ(ニ)ズム 

オーガ(ニ)ズム

オーガ(ニ)ズム

 

  山形・神町三部作の完結を祝し、私と同郷の作者に敬意を表してのランクイン。スパイアクションそしてロードノベルとしてエンタテイメント小説の方向に振り切っているので、862ページですがリーダビリティは高いです。テンプレートでアメリカナイズされた娯楽に徹した作品は、アメリカおよびハリウッドへのオマージュなのか、皮肉なのか。作者によるくどいくらいの自己言及は、メタ構造として楽しんでおけばOKでしょう。 

阿部和重『オーガ(ニ)ズム』 『シンセミア』『ピストルズ』に続く神町シリーズ最終章! | 特設サイト - 文藝春秋BOOKS 

シンセミア(上) (講談社文庫)

シンセミア(上) (講談社文庫)

 
シンセミア(下) (講談社文庫)

シンセミア(下) (講談社文庫)

 
ピストルズ 上 (講談社文庫)

ピストルズ 上 (講談社文庫)

 
ピストルズ 下 (講談社文庫)

ピストルズ 下 (講談社文庫)

 

 

【とりあえず2019年総括】

 2019年も不作。以上。うーん、あまり書きたいことがないなあ・・・。国内文藝に常日頃感じている、テーマ性の薄さ、想像力のエッジのなさ、ジェンダー的なキレのなさ、言語としての尖鋭の鈍さ、政治性の欠如、反知性的な言説への対抗の弱さ、思想性の希薄さ、科学的な見地の弱さなど、いろいろなことを感じ続けた、ここ数年と変わらない感想の1年でした。女性作家たちの奮闘が何とか国内文藝の屋台骨を支えているという印象です。

 毎年の叫びを繰り返しましょう。2020年こそ、反知性的な言説に対抗するエッジの鋭い作品が一定数生産され、ジャンル小説や海外文学に劣らない輝きを国内文藝が放ってくれることを願います。