otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2019極私的回顧その29 ファンタジー(国内)

 極私的回顧第29弾は国内のファンタジーについてのまとめです。アダルト・ファンタジーと児童文学のファンタジーのまとめであり、ライトノベル・ファンタジーライトノベルの項に入れています。また、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。

 

2018極私的回顧その21 ファンタジー(国内) - otomeguの定点観測所(再開)

2017年極私的独白その21 ファンタジー(国内) - otomeguの定点観測所(再開)

2016極私的回顧その21 ファンタジー(国内) - otomeguの定点観測所(再開)

 

SFが読みたい! 2020年版

SFが読みたい! 2020年版

  • 発売日: 2020/02/06
  • メディア: 単行本
 

 

【マイベスト5】

1、十二国記 白銀の墟 玄の月  

白銀の墟 玄の月 第三巻 十二国記 (新潮文庫)

白銀の墟 玄の月 第三巻 十二国記 (新潮文庫)

 
白銀の墟 玄の月 第四巻 十二国記 (新潮文庫)

白銀の墟 玄の月 第四巻 十二国記 (新潮文庫)

 
白銀の墟 玄の月 第二巻 十二国記 (新潮文庫)

白銀の墟 玄の月 第二巻 十二国記 (新潮文庫)

 
白銀の墟 玄の月 第一巻 十二国記 (新潮文庫)
 

  既に皆さんご承知のことと思いますが、2019年の和製ファンタジー最大の話題といえば、何といっても〈十二国記〉の復活です。18年の時を経てなお色あせることなく屹立する物語の駆動力は、凡百の記号的ファンタジーとは異なるコア・ファンタジーの深い色どりに溢れています。『魔性の子』以来紡がれてきた戴国の物語がここで一応の決着を見ましたが、国づくりにはまだまだ多くの難事が待ち受けていることと思われます。しかし、困難に立ち向かい、乗り越えようとする人々の真摯な姿を描くこともまた〈十二国記〉魅力の一つ。日本を代表する大河ファンタジーの帰還に、改めて祝杯を挙げましょう。

 

2、リラと戦禍の風 

リラと戦禍の風

リラと戦禍の風

 

  上田早夕里は歴史小説にも手腕を発揮する作家ですが、彼女がまた一つ傑作の歴史ファンタジーを生み出しました。主人公のドイツ人青年・イェルクが抱く、ドイツ国家への忠誠心と、戦場から立ち去りたいという臆病な、相反する心。その精神を魔術的に2つに切り分け、虚体となったイェルクが敵国・フランスの様々な点景を巡ることで、フランスにも感情を寄せるようになっていきます。歴史小説とファンタジーの手法をうまく混交させ、戦争の持つ光と影を鮮やかに浮かび上がらせる良作です。

 

3、火狩りの王 

火狩りの王〈二〉 影ノ火

火狩りの王〈二〉 影ノ火

 
火狩りの王〈三〉 牙ノ火 (3)

火狩りの王〈三〉 牙ノ火 (3)

 
火狩りの王〈一〉 春ノ火

火狩りの王〈一〉 春ノ火

 

  文明滅亡後の世界を舞台にしたハイ・ファンタジー。火に近づくと人体が内部発火する世界で禁断の炎や伝説の炎を巡る戦いが起こる、という特殊設定が秀逸で、独特の世界観を構築しています。主人公の過酷な冒険、異種族間の攻防、鮮やかな戦闘描写など見どころも多く、これからの展開が楽しみなシリーズだといえるでしょう。

 

4、境い目なしの世界 

境い目なしの世界

境い目なしの世界

 

 スマホを通じて繋がるリアルと別世界、現実から遊離していく不思議とささやかな恐怖、揺れ動く10代の少女たちの身体と心。角野栄子としては異色の作品であり、文章がいつもよりポップですが、児童文学としてはオーソドックスな題材であり、子供に読ませるには適度なボリュームにまとまっている佳作です。

 

5、あの子の秘密 

あの子の秘密 (フレーベル館 文学の森)

あの子の秘密 (フレーベル館 文学の森)

  • 作者:村上雅郁
  • 発売日: 2019/12/06
  • メディア: 単行本
 

  二人の少女の一人称で交互に語られる物語。イマジナリーフレンド「黒猫」を通じて開示される不思議な世界もよく書けていますが、やはりメインは二人の少女の交差する心情、大人になることへの切なさや葛藤などを踏み込んで描いた、瑞々しさとあたたかさ。爽やかな読後感で締めると思いきやアクロバットを用意するプロットも秀逸で、デビュー作としては非常にレベルの高い作品です。

 

【2019年とりあえず総括】

 相変わらず点数は多くありませんが、極私的には良作に多く巡り合えたので、良い作柄だったとまとめたい年になりました。アダルト・ファンタジー、児童文学のファンタジーともに、〈十二国記〉〈火狩りの王〉などハイ・ファンタジーが引っ張る状況に変わりはありませんが、児童文学でエブリデイマジックの良作が多く、久しぶりに渇きが癒された感がありました。あとは作家の層が厚くなって刊行点数が増えることを祈りたいですが、やっぱり難しいだろうなあ。

 締めは毎年の祈りを掲げて終わります。祈・マイナー文学からの脱却。祈・SFやミステリのサブジャンル扱いからの脱却。祈・児童文学の独りよがりの視点の脱却。