otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2019極私的回顧その30 幻想文学

 極私的回顧第30弾は幻想文学です。毎年同じことを書いていますが、SF・ファンタジー作品の中でも幻想性・文学性が髙いと思ったもの、および文学・文藝作品で幻想性が髙いと判断したものを配しています。作品数が少ないので、内外の作品を取り混ぜて扱っております。また、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。

 

2018極私的回顧その22 幻想文学 - otomeguの定点観測所(再開)

2017年極私的回顧その22 幻想文学 - otomeguの定点観測所(再開)

2016極私的回顧その22 幻想文学 - otomeguの定点観測所(再開) 

SFが読みたい! 2020年版

SFが読みたい! 2020年版

  • 発売日: 2020/02/06
  • メディア: 単行本
 

 

1、小鳥たち 

小鳥たち

小鳥たち

  • 作者:山尾悠子
  • 発売日: 2019/07/29
  • メディア: 単行本
 

  山尾悠子と人形作家・中川多理とのコラボレーション。山尾の幻想の薫気たゆたう掌編3篇に、中川作の人形写真が挿しこまれた幻想世界。2つの異能が見事に共鳴し、珠玉の1冊になりました。また、製本も細部までこだわり抜いた美しさで、外観だけでも本棚に飾っておく価値があります。電子書籍ではない紙の本の価値とはかくあるべし、ということを高らかに謳っている本。文句なしの1位です。

  ちなみに、こちらが外伝の豆本。こちらも美しい装丁です。

翼と宝冠

翼と宝冠

  • 作者:山尾悠子
  • 発売日: 2020/03/10
  • メディア: 単行本
 

 

2、方形の円(偽説・都市生成論)

  計36篇の架空都市についての短編が収められた、幻想の架空都市を言語で構築した奇想短編集です。ボルヘスカルヴィーノに比肩しうる幻想都市集成がここで出てくるとは。バラエティに富んだ都市の構造・様相に脳を揺さぶられつつ、短編小説と都市のスケッチが混交されていてビジュアル的に錯覚する(??)愉しみもあり、完成度の高い幻想短編集になっています。

 

3、ジャーゲン 

ジャーゲン (マニュエル伝)

ジャーゲン (マニュエル伝)

 

  異世界奇譚〈マヌエル伝〉の新訳であり、幻想文学の徒には必修科目。第1巻はマヌエルの一族ではなく外伝的な質屋・ジャーゲンの物語です。幻想滑稽冒険譚ともいうべきジャーゲンの変転する道行きと数々の古風なユーモア。amazonのレビューにもありましたが、懐かしくお道化たテクスチュアは確かにキース・ローマーかも。原書刊行時にはポルノ扱いもされたそうですが、21世紀現在の視座から見ればそうでもないです。古酒をちびちびやるように味わいながら読みましょう。 

イヴのことを少し(マニュエル伝)
 

 

4、蝶を飼う男:シャルル・バルバラ幻想作品集

蝶を飼う男:シャルル・バルバラ幻想作品集
 

  こちらも古典であり、幻想文学の徒には必修科目。ボードレールにポーを仕込んだという触れ込みの、「放浪芸術家」グループに属した作家、シャルル・バルバラ。その翻訳は長いこと『赤い橋の殺人』のみでしたが、ようやくまとまった形で読めるようになりました。幻想作品集と銘打たれていますが、観念論的な哲学のエッセンスや、ウェルズやヴェルヌやルーセルに先んじた科学的想像力など、SFやミステリの原型の1つとして見ることも可能な作品群です。

 

5、居た場所 

居た場所

居た場所

 

  どのジャンルに入れるか迷いましたが、幻想短編集という評価を下してここに入れました。表題作が第160回芥川賞候補作になりましたが、高山羽根子独特の現実をわずかにずらして異化する技術が最も生かされている作品は、今のところ『居た場所』だと思います。作品の細部に配置されたガジェットは組み合わせればSF的にも評価できるもの。上田岳弘も含めて、2019年はSF的想像力を駆使した作品が純文学で目立ちましたね。小谷野敦が否定的な意見を述べていましたが、自分のテリトリーにないジャンル外の作品を理解できないからと切って捨てる意見は狭量で見苦しいですね。

〈芥川賞について話をしよう〉第15弾(小谷野敦・小澤英実)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

 

【2019年とりあえず総括】

 相変わらず刊行点数が多くないので、豊作か不作かというのは全くの極私的・主観的な判断になってしまいますが、

 国内作品は2019年も山尾悠子にとどめを刺します。上でも書きましたが、装丁の細部にまで凝った、これぞ紙の本。幻想文学においては様々な想像力の越境は大歓迎です。私は電子書籍もどんどん買っている人間ですが、やはり本棚に映える美しい本もしっかり出版されてほしいと思います。純文学界隈ではスリップ・ストリーム的な作品が多かったですが、SFや怪奇幻想を解さない評者が的外れなことを言っているのが、幻想文学の徒としては実に不快でした。純文学・文学・文藝の一つの軸が私小説であることは間違いないですが、本来、文学・文藝は私小説にとどまらない何でもありの想像力・表現力の戦場です。渾沌で猥雑であるところに想像力・生産力の源泉はあるはずです。

 海外作品は新作・クラシックともに、堅調な翻訳状況が維持されており、引き続き良い作柄でした。しかし、最近は翻訳文学の1冊当たりのボリュームもえらいことになっているので、読むのに時間がかかり、既知の作家を追うのに手を取られ、新しい作家で未読の作品がまだまだある状況です。そのため、2019年は忸怩たる思いですが暫定のランキングになった気がします。2020年は何とか読書量を増やしたいところですが、なかなか仕事も忙しいので・・・。まあ、頑張ります。