otomeguの定点観測所(再開)

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『水使いの森』短評

 久しぶりの更新ですね。職場におけるコロナ対応などのため、休業や自宅待機どころかかえって忙しくなって疲れがたまっております。非常事態宣言や休業要請とは何だったのか。なかなかブログ更新の余力がとれませんが、ゆるゆると更新していくつもりです。さぼりがちの場末ブログですが、飽かずお付き合いいただければ幸いです。

  

水使いの森 (創元推理文庫)

水使いの森 (創元推理文庫)

  • 作者:庵野 ゆき
  • 発売日: 2020/03/12
  • メディア: 文庫
 

  こちらも毎度の遅ればせですが、先月出版された創元ファンタジイ新人賞受賞作のレビューになります。

 良作です。練り込まれた砂漠の国の世界設定、魔法の術式の精緻な設定と、「式要らず」の妙、魅力的な主人公の双子姫、サブキャラクターの立ち回り、ファンタジーに併せて調えられた薫気ある文体、疾走感のあるストーリー、そして適切な紙数で物語をまとめる筆力。などなど、多彩な魅力にあふれたハイレベルなアダルト・ファンタジーです。本格ファンタジーを書く資質を持った、有力な作家の登場ととらえていいと思います。

 難点をあげるとすれば、奥行きのある世界設定に対して紙数が少なく世界のうわべをなぞるだけで終わってしまったことと、双子姫の片割れについてもう少し掘り下げがほしかったことですか。ただ、デビュー作でボリュームに制限があったであろうことを考えると、これらは致し方ないところでしょう。シリーズ化してこの世界の奥行きを書き込んでいけば解決できる問題ですが、次回作はどうなるのやら。

 日本のアダルト・ファンタジーは作家層も読者層も非常に薄く、幻想の香をまとわせる本格ファンタジーを書ける、核となる作家が少ないのが実情です。また、他ジャンルに比べて新人賞も少なく、新人作家の供給が限られています。そのような中にあって、創元ファンタジイ新人賞は貴重な新人供給の口でした。休止となってしまったのが非常に残念です。しかし、この賞の出身者の動向は引き続き注目していかなければならないでしょう。