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『フラウの戦争論』短評

 今回は今年2月に発売された、霧島兵庫の歴史小説のレビューになります。

 

フラウの戦争論

フラウの戦争論

 

  非常に面白い良作だと思います。ナポレオンの戦争、ワーテルローの戦いまでをプロシアクラウゼヴィッツの視点で描いた作品です。表紙の妻・マリーはところどころの幕間にクラウゼヴィッツとの掛け合いという形で登場します。クラウゼヴィッツの没後、マリーは尽力して『戦争論』出版にこぎつけました。

 はじめはナポレオンが引き起こす総力戦の戦闘描写、国々による駆け引き、『戦争論』に記された軍事哲学の現実への照射などがページを繰らせます。ところが、『戦争論』の解釈を背景に会戦を展開していたはずの話が、なぜかことごとく家庭内のもめごとやクラウゼヴィッツが尻に敷かれる結びになってしまいます。クラウゼヴィッツ夫妻の魅力的な人間味が各章に絶妙なオチをつけ、江戸の人情物のごとく心温まる読後感を醸しています。なんだこりゃ。

 浅学ながら夫妻のプライベートについてはほとんど知識がなかったのですが、この作品で描かれた夫妻の姿は実に魅力的です。マリーは活発で華のある女性で、内に外に夫のプロデュース的な立ち回りを演じており、皇帝一族とも通じています。クラウゼヴィッツも静かな書斎の人ではなく、野心に駆られて猟官にいそしみながらもどこか抜けている、憎み切れない人物として描かれています。

 『戦争論』やナポレオン戦争の歴史に詳しければ重厚な歴史小説として楽しめるでしょう。しかし、西洋史に詳しくなくても、クラウゼヴィッツ夫妻の丁々発止のやりとりを時代小説的にも楽しめる作品でしょう。

カール・フォン・クラウゼヴィッツ - Wikipedia

戦争論 - Wikipedia