otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

小野美由紀『ピュア』短評

 今回は先月発売された小野美由紀さん『ピュア』短評になります。早川書房cakesや《SFマガジン》に連載されていた短編をまとめたものです。

  

ピュア

ピュア

 

www.hayakawabooks.com

SF短編集「ピュア」|SFマガジン/小野美由紀|cakes(ケイクス)

小野美由紀|note

小野美由紀 (@Miyki_Ono) | Twitter

アマビエがうちに住み着いた | ハフポスト

 まず、SF者視点から見たネガティブな評価を並べます。インパクトに欠け、ジェンダーSFとしての鋭利さは特にありません。ディストピアの設定も描写もキャラクター造型もありきたり。短編のプロットもまあ月並み。作者がSFやファンタジーのガジェットを使い慣れていないことがありありと分かる、SFという衣をまとってジャンルの端にひっついているだけの作品です。note上で大反響を呼んだとのことですが、SFに対して無理解な読者のカウンター数が積みあがっただけにしか思えません。

 ・・・ジャンル小説視点で評価してしまえば。

 評価軸を変えます。この作品はSFではなく文藝サイドから評価すべき作品です。作者が自己の表現形式を追い求めた末にたどり着いた世界がSFでありファンタジー。その舞台設定を借りて、ディストピアとして内なる叫びを現出させた作品たち。文藝としての思弁の強さなら、この短編群はかなりのものです。

 婚活を迫られる商品化された女性、子供を持ちたいという願望とリスクへの怖れと周囲からの有形無形の圧力、そして容赦なく人間の記号化を推し進める同調圧力、女性を平然と記号的な性的消費に追いやる無慈悲で無神経な男性の性欲などなど、現代社会において作者が感じる生きづらさや問題意識が、SF・ファンタジーという舞台を用いたがゆえにかえってストレートに開けひらかれている。そんな感じがします。

 そして、作者が信じる純粋な愛、女性と男性のピュアな交わり、一見少女マンガの世界でもありそうにない理想です。相手を完全に信頼して心身ともに委ねる、作者が信じたいと願うピュアな心情=信条で短編が締められ、清々しい読後感を残します。これを男性視点で両断するのは簡単ですが、私は文藝の読み手として作者の繊細な感性を受信できるもろさを持っていたいと思います。

 決して洗練された傑作ではありません。しかし、間違いなく読む価値のある作品です。