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『昨日壊れはじめた世界で』短評

 今回のレビューは今月発売の香月夕花『昨日壊れはじめた世界で』です。

  

昨日壊れはじめた世界で

昨日壊れはじめた世界で

  • 作者:香月 夕花
  • 発売日: 2020/05/20
  • メディア: 単行本
 

香月夕花 - Wikipedia

香月夕花@「昨日壊れはじめた世界で」発売中 (@YukaKatsuki) | Twitter

装画のプロセスvol.1|草野 碧(イラストレーター)|note

 デビュー作『水に立つ人』が一定の水準にあったものの、前作『永遠の詩』が人間の業を描こうとしながら悪戦苦闘したまま尻すぼみで終わった印象だったのでやや心配もありましたが、杞憂でした。良書と評価できる作品です。

 『水に立つ人』『永遠の詩』に続く香月夕花3冊目の単行本で、連作短編集になっています。主人公の書店店主・大介が幼馴染の翔子と再会し、30年前に出会った、「世界の終わり」を予言した不思議な男のことを思い出します。ひょんなことから2人は男を探し始めますが、男はすでにビルから飛び降りて自殺したとの話が。やがて、実・律子・恵と小学校時代の同級生たちも話に絡み、5人の人生が奇妙な男からかけられた言葉と徐々に絡み合って・・・というのが、物語の前半のあらまし。

 登場人物がみんな心の闇や喪失を抱えており、それでも生きるために「世界の終わり」を予言した男の奇妙な言葉を寄る辺にしていて、物語が進むにつれてそれぞれの人生の進路を見出していきます。例えその思いや道行きが矛盾や屈折に満ちたものであっても、他人に打ち明けることのできないものでも、道行きの果てに望みがないことが分かっていても。誰もが抱えているであろう心の起伏や登場人物の感情の動きが、時に激しく時にやわらかく、透き通るような文体で描かれていて、登場人物の心の声が自然と琴線に入ってきます。作者自身も苦労している(かもしれない)人生について、共に考えようと読者に呼びかけているのでしょうか。私自身の人生を重ね合わせながら読み進め、読後にヒリヒリとした痛みと清々しさが残りました。

水に立つ人 (文春e-book)

水に立つ人 (文春e-book)

 
永遠の詩

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