otomeguの定点観測所(再開)

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野崎まど『タイタン』短評

 今回のレビューは4月に発売された野崎まどの新刊です。多少のネタバレが混じりますので、ご注意ください。

  

タイタン

タイタン

 

  AI技術の発達によって人間の労働を自立型ロボットが代替し、人間が労働から解放された社会。人々は豊かで趣味的な生活を享受し、仕事の概念がなくなり貨幣すら過去のものになった社会。享楽的な都市生活を支えているロボットたちを統括するのが、ギリシャ神話の12神に範をとった12体の標準AI・タイタン。しかし、摩周湖近くにあるタイタンの1つ・コイオスが機能低下を起こし(現代人から見ると仕事に対するやる気を失った状態)、その原因究明が主人公・内匠成果のところに「仕事」として依頼されます。彼女はそれまで趣味として追及してきた心理学を初めて仕事としてAIのために駆使しようとするが・・・というのが、物語冒頭のあらまし。

 物語は成果がオイコスをカウンセリングするやりとりを主として進行していきますが、人間の遺伝子を由来とするオイコスが発症(??)しているのは、現代の我々から見れば一種の気分障害。厳しめの会社なら甘えとされるレベルの停滞。問題解決のため、成果はオイコスのAIとしての本質・深層に迫る根源的な問いから、世間話や趣味的な会話に至るまで、様々な手管を使いつつも「働くとは何か」「仕事とは何か」という、現代人にとっての生きることの本質的意味について真摯な探求を行います。「自分探しの旅」にまで出てしまう展開には笑ってしまいましたが。

 他のタイタン、国際組織の陰謀、対策チーム内の葛藤など、主人公周辺を取り巻くドラマも巧みに構成されていて、ラストに向かってプロットはエスカレートし、疾走します。この辺りはさすが野崎まど。

 解決・結論としてはごくまっとうでシンプルなところに着地します。勤め人の立場から見ると、仕事ってそういうものだと納得してしまう帰着でした。野崎まどらしい皮肉でブラックなオチだと言ってしまえばそれまでですが、日々モンスター顧客やクレーマーの対応をしたり、休日出勤をこなしたりしている身からすると、それでもなぜかまっとうなものに映ってしまいました。ま、結局、「遊ぶために働く」ってのが極私的には一番しっくりくるんですけどね。