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第1回創元ファンタジイ新人賞受賞作レビュー(5月刊行分まで)

 しばらくスポーツ関連のテキストが続きましたが、そろそろ専門分野に戻していかないといけませんね。キリンカップ決勝が終わったらのこのこサッカーのテキストを書くかもしれませんが。

  かつて新潮社が主催していた日本ファンタジーノベル大賞が休止となって後、数年の間隔を経て、東京創元社の創元ファンタジイ新人賞が創設されました。SFやホラー系の新人賞、あるいはライトノベルの新人賞、なろう系を含むWEB小説の賞、児童文学の賞など、ファンタジー小説の受け皿となりうる文学賞はいくつかあります。しかし、エンタテイメント小説としてのジャンル・ファンタジーを明確に打ち出した賞は、創元のみです。そのため、第1回でどんな作品が出てくるのか、個人的にはかなり強く注目していました。

 受賞作のうち、5月までに2作が刊行されています。

 

『影王の都』 

影王の都 (創元推理文庫)

影王の都 (創元推理文庫)

 

  この作品を新人賞受賞作としてもよかったのでは? とも思える、ハイレベルなデビュー作です。以下、選評と重なるところもありますが、まず、精細に構築されたオリエント風の世界に多数のガジェットを巧みに配置し、多数の仕掛けと幾筋もの物語の糸をクライマックスに向けて鮮やかに収斂させていく作者の手際は、新人離れしています。また、文体には無駄な虚飾がなく、シンプルに幻想性を表現する技術が既にあります。そして、夢と現実の境界をあわいとして描き、神秘性を演出する手腕も持っています。次回作次第ですが、これから日本ファンタジーのフロントランナーになりうる作家さんだと思います。

 惜しむらくは、終盤で明かされるタイムトラベルの仕掛けが、ややこじんまりとしたものに終わっていることです。選考委員の選評には、SF的なタイムトラベルの仕掛けについてややマイナスに評するコメントが載っていましたが、何か修正が加わったのでしょうか。むしろ、SF的な大仕掛けを用いて風呂敷を広げたほうが、サイエンス・ファンタジー的な面白いラストになる可能性があったと思います。ファンタジーというジャンルの枠組みにとらわれるあまり、作品の可能性を狭めてしまったのだとしたら、残念ですね。

 

『玉妖綺譚』 

玉妖綺譚 (創元推理文庫)

玉妖綺譚 (創元推理文庫)

 

  石の中の世界という、箱庭のような美しい世界設定が魅力の和製ファンタジーです。以下、選評と重なるところもありますが、続けます。文章はアップテンポで読みやすいです。しかし、文体がまだ生硬く記号的で、せっかく神秘的な世界を創造しているのに、世界の雰囲気を演出しきれていません。また、登場人物の心情描写、背景世界の社会情勢の描写など、やや筆力不足の箇所も散見されます。結局、読後に物足りなさを感じてしまいました。

 まだこれがデビュー作なので、次作で文章力や描写力が上がってくれば、変わっていくのではないでしょうか。

 

『魔導の系譜』 

魔導の系譜 (創元推理文庫)

魔導の系譜 (創元推理文庫)

 

  7月刊行なので、まだノーコメントです。選評を見る限りでは、魔術について真正面から取り組んだ大作だとのことです。一方で、描写力については苦言を呈されていたので、それがどこまで修正されて刊行されるかに注目したいと思います。

 

【まとめ】

 『魔道の系譜』まで読み終わらないと総評は下せませんが、新人賞の第1回としてはまずまずのスタートを切ったという印象です。異世界構築にエネルギーを注いだハイ・ファンタジーが並んでいて、かつての日本ファンタジーノベル大賞とは明らかに毛色が異なる、ジャンルとしてのファンタジーを強く意識した賞です。一方で、ファンタジー世界を演出するための文章技術や描写力については、『玉妖綺譚』は今一歩の作品でした。世界構築と文体・描写の両面を駆使しながら神性・神秘・幻想・魔術などに真正面から立ち向かう、骨太なジャンル・ファンタジー小説を輩出できるかどうかはこれからでしょう。乾石智子に続く本格ファンタジー小説の担い手の登場を期待したいと思います。

【関連リンク】

創元ファンタジイ新人賞 | 東京創元社