コペポーダとセレンテラジン
いきなりタイトルでこのカタカナ2つを出されても、「なんのこっちゃ?」とよく分からない方がほとんどだと思います。セレンテラジンとはルシフェリンと呼ばれる生物発光にかかわる物質の一種で、コペポーダとは甲殻類の一種のカイアシ類のことです。
【発光生物学】
恐竜はホタルを見たか――発光生物が照らす進化の謎 (岩波科学ライブラリー)
- 作者: 大場裕一
- 出版社/メーカー: 岩波書店
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- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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光る生きものはなぜ光る??ホタル・クラゲからミミズ・クモヒトデまで (生きもの好きの自然ガイド このは No.10)
- 作者: 大場裕一
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今年の5月に岩波から「発光生物学」という聞きなれない用語を扱った本が出ました。生物発光に関わる本だというのですが、最初に手にとった印象は、なにをいまさら? というものでした。読んでいて私の不勉強があっさりと露呈したのですが。
ホタルやアンコウなどを筆頭に、発光する生物については割とあっさり、例をいくつか挙げることができます。そして、そのメカニズムもはずかしながらもう解明されているものだとばかり思っていました。
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/research_highlights/no_26/
簡単に説明します。ルシフェリンとは発光素ともいわれ、生物発光のもとになる物質の総称です。これが酸化反応を起こすことによって生物発光は行われます。そして、ルシフェラーゼとはこのとき触媒となる酵素の総称です。つまり、ルシフェリンがルシフェラーゼを触媒として酸化反応を起こし、発光する。この原理で生物発光は全て説明できるわけです。なんだ、簡単じゃないか。
・・・というのが、一番上に書影を上げた『恐竜はホタルを見たか』を読むまでの私の認識でした。問題は「総称」という表現です。つまり、ルシフェリンもルシフェラーゼも、全く分子構造の異なる物質を「生物発光」という現象のもとに寄せ集め、一括して呼んでいるに過ぎないのです。生物によって全く異なる物質を使っているうえに、発光のメカニズムも様々だとか。乱暴な表現かもしれませんが、例えば、ランタンと懐中電灯と発光ダイオードを「光る」という1点のみに絞って寄せ集め、全て同じ現象だと言い放つようなもののようなのです。完全に認識不足でした。
他にも、自力発光で光るバクテリアのようなものだけでなく、体内に発光バクテリアを共生させることで光る共生発光の生物もいるそうで、有名どころではチョウチンアンコウは共生発光なので、アンコウ自体が光っているのではないそうです。生物発光は奥が深いですね。
生物発光のメカニズムは、様々な生物が並行進化で独自の様式を発達させてきたものが偶然「光る」という1点で似ている、というものだそうで、それら1つ1つをきちんと調べていかないと、生物発光のメカニズムを解明したことにはならないそうです。生物発光に対する認識が180度転回されました。
【コペポーダとセレンテラジン】
さて、本題はここからです。生物ごとに異なるタンパク質を使っていると書きましたが、セレンテラジンというルシフェリンが多系統の生物で使われているというのです。『恐竜はホタルを見たか』で挙げられているのは次の生物群です。
放散虫
クシクラゲ 有櫛動物 - Wikipedia
ウミシイタケ、ウミサボテン 刺胞動物 - Wikipedia
コペポーダ カイアシ類 - Wikipedia
ヒオドシエビ・ミノエビ・サクラエビ
アミ
コンコエシア・シュードディスコフォラ 貝虫 - Wikipedia
ヤムシ 毛顎動物 - Wikipedia
ハダカイワシ、サンゴイワシ、ハナメイワシ、リュウグウハダカ、ムネエソなど深海魚
いくらなんでも多系統でカオス過ぎるだろうと思いきや、ホタルイカ、クラゲ類、オタマボヤなど、セレンテラジンが関係すると思われる発光生物の系統はまだまだあるそうです。生物量としても膨大で、ハダカイワシだけでも魚類全体の20%以上に及ぶそうですし、コペポーダも膨大なバイオマスで知られた生物です。
多系統の生物が同時進化的に同じ物質を使うようになったとは考えにくいので、ある生物が作りだしたセレンテラジンを他の生物が取り入れていると考えるのが妥当だそうです。そこで、『恐竜はホタルを見たか』で著者・大場裕一がセレンテラジンを作っているとにらんだのがコペポーダなのだそうです。
コペポーダはプランクトンとして様々な生物の餌になっているので、多系統の生物に取り込まれてもおかしくありません。また、コペポーダは一度発光して発光素を消費しても数時間でまた発光するようになるそうなので、自力で発光物質を作り指している可能性は十分にあるそうです。
ハダカイワシやクシクラゲは、コペポーダの発光種が出現する以前から存在していたので、発光の進化史的にタイムラグ・矛盾が生じるかもしれないということでした。しかし、長い年月の間に発光物質を別のものからセレンテラジンに変えたのかもしれないと考えれば、この問題は解決すると思います。今後の研究次第というところでしょうか。
また、セレンテラジンを使って発光するヒカリカモメガイやイソコモチクモヒトデは、深海ではなく浅瀬や浜辺に住んでいるので、深海のコペポーダを捕食するチャンスはないそうです。この連中もコペポーダがセレンテラジンを作っているという仮設と矛盾するそうです。しかし、コペポーダは膨大な種類があり、淡水産や陸生のものまでいるので、海の表層に発光コペポーダがいてもおかしくない気がします。ここも今後の研究次第というところでしょうか。
最後の推論2つは素人の浅知恵に過ぎませんが、なかなか面白いテーマについて触れることができて、刺激的な読書体験でした。是非、この研究の続報を楽しみに待ちたいと思います。
イソコモチクモヒトデ @ 小笠原
— 東京海洋大学 水産生物研究会 (@suikenASAO) 2015年9月19日
この種はクモヒトデでは珍しい卵胎生で、子は親の盤で育つことからコモチと名前が付いています。
サイズは小さく、全長でも5mmに満たない種です。 pic.twitter.com/IqTdNaaPQC