2016日本SF大会 いせしまこんレポート③~SF俳句を楽しもう~
では、いせしまこん企画レポート第3弾、「SF俳句を楽しもう」に参ります。ただし、私は普段、韻文では現代詩をある程度追っていますが、短歌・俳句については全くの素人です。そのため、鑑賞文などで無知をさらしたテキストであることをご承知おきください。
【SF俳句とは】
伝統俳句は季語をはじめ、写生的に描くなど、いくつかの決まりがありますが、SF俳句とはそういった決まりにとらわれず、自由な発想で俳句の中にセンス・オブ・ワンダーを表現しようとするものだそうです。今回の企画はSF作品のタイトルを使ってSF俳句を作ろうという試みでした。パネラーは天瀬裕康、増田まもる、宮本英雄の3氏で、ひかわ玲子さんも観に来ていました。
俳句には2つの流派があります。1つは正岡子規の流れを継ぐ伝統俳句で、季語、写生、五七五などの決まり事を有するものです。一般に、私たちがイメージする俳句はこちらの流派であり、俳句を楽しむ多くの方はこちらの流派に属しています。
一方、もう1つの流派は、河東碧梧桐が定立したといわれる、季語を入れない無季俳句や五七五にとらわれない自由律俳句などが含まれる、かなり自由な創作を行うものです。山頭火などはこちらの流れにあたります。現在でも、多数派ではありませんが碧梧桐の流れを汲んでいる方はいるそうです。SF俳句は、碧梧桐的な自由な創作を行うやり方にあたるそうです。
SF俳句の試みをあげてみましょう。例えば、縦書きではなく横書きにして言葉のリズムを楽しむ。季語を創作イメージ的なキーワードに置き換え、句の中に必要なイメージが含まれていればよしとする。韻律や定式にとらわれない遊びの精神を重んじる、などなど・・・こんなところでしょうか。やはり通常の俳句のイメージとは全く違います。実際、この企画では、即興的な創作俳句を行う中で、俳句のルールにとらわれない遊びが縦横に飛び交っていました。
【SF俳句鑑賞】
では、実際に詠まれたSF作品のタイトルを使ったSF俳句を、いくつか鑑賞してみましょう。企画内で出されたコメントに基づいて評していきます。
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「渚」と「船」という2つの語が呼応して、視覚と聴覚の出会いを演出しています。俳句は名詞と動詞が出会うことで表現上の面白みが増しますが、「歌う」という動詞が「渚」「船」という名刺に対応して、句全体の奥行きを深めています。
天の声 歌の翼に 虚空の眼 増田守
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こちらも「声」と「歌」という語が呼応しあうことで、視覚と聴覚の出会いを発生させています。超現実的な雰囲気をまとった、緊張感に溢れた句です。
時の風 神経線維 長い明日 天瀬裕康
「長い明日」という言葉に「神経線維」が強く響いてシュールリアルな印象を与えるとともに、破滅テーマ的なアポカリプスを想起させる句です。。
ありえざる星 時は乱れて イシュタルの船 ひかわ玲子
異世界の門 地獄の幻影 沈黙の声 ひかわ玲子
おかしな書影の混入は気にしないようにしましょう。七七七という変格のリズムを持った自由律俳句です。二つの句とも一片のファンタジー世界をなしていて、ひかわ玲子さんがファンタジー作家として自らの王道を示した作品であるといえます。
他にもいくつか出ていましたが、とりあえずこれくらいにしておきます。ちなみに、私がふざけて発言したのがこんな感じの句でした。
大いなる 天上の河 ドラえもん
天瀬さんからは遊び心がいいというコメントをいただきましたが、素人がふざけすぎました。本当にすいません。
【詩とSFとラヴクラフト】
ここからは俳句から離れますが、韻文とコズミックホラーを架橋する、増田さんの興味深いコメントがあったので、簡単ににまとめてみます。
昨年、《現代詩手帖》で「SFと詩」と題したイベントおよび特集が行われました。
この時のトークに増田さんもいらっしゃって、詩とSF、そしてラヴクラフトまでも包含した話をしていました。そして、今回の俳句の企画でも同じ話が出ていました。
俳句を含む韻文全体としての詩とSFとの関係を考えたとき、シュールリアリズムを補助線として書き込むとうまく解釈できます。ジャンルとしてのSFの定義はあってないようなもので、SF者は1人1ジャンルというようなそれぞれのSF観を持っています。現代詩も同じように明確な定義がなく、1人1ジャンルだと謳われています。SFも現代詩も個々の精神の表現であり、価値観を転倒させて自分の読みたいもの・書きたいものを創出する表現形式です。両者とも、非日常に出会おうとするという点においては、シュールリアリズムに近い精神性を有しています。この精神性を韻文として表現するのが現代詩であり、論理的・科学的に追求するのがSFです。
SFというジャンルの原初は、時間や宇宙についての観たこともないビジョンを表現することでした。ウェルズのタイムマシンや火星は、現在の我々にとってはイメージしやすい個物ですが、19世紀末の人々にとっては、なかなか想起することの難しい、極めて観念的なものでした。
世界の本質を探究するというベクトルにおいて、ポーもまたウェルズと同質のビジョンを有していました。ポーは主に詩作でこのビジョンの表現を試みました。
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ラヴクラフトはポー由来の詩の系譜に属しています。ラヴクラフトは、世界の本質を探究するというビジョンを、後にコズミックホラーといわれることになる形式で表現しました。ラヴクラフトの文体は粘質で形容詞にまみれていて、小説として解すると非常に読みにくい文体です。しかし、ラヴクラフトの作品を小説ではなく散文詩と解すると、クリアーに解釈できて彼の世界が明快に頭の中に入ってきます。これは後にダーレスが体系化したクトゥルフ神話とは別物の解釈です。
ラヴクラフト作とされるテキストの中で、どこまでがラヴクラフト自身の手になる原テキストなのか、を見極めるのは非常に難しいですが、現在、増田さんはラヴクラフトの原テキストを意識しながら、ラヴクラフトの全短編を訳し直しているそうです。来年のSF大会では出版時期が具体的に明らかにできそうだということなので、非常に楽しみですね。
ユゴスの囁き (The Cthulhu Mythos Files)
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クトゥルーを喚ぶ声 (The Cthulhu Mythos Files)
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【補遺】
企画の後、星雲賞授賞式の会場で増田さんと少しお話をする機会がありました。彼の翻訳文体に大きな影響を与えた作品がこちらだそうです。
『マルドロール』については翻訳がいくつかありますが、増田さんは栗田勇の翻訳に影響を受けたそうです。ロートレアモンが(というよりは栗田節が)描き出した退廃と幻妖に、ポーやラヴクラフトにも通底するビジョンを感じているそうです。
正直なところ、栗田訳はロートレアモンのフランス語原文に忠実とはいいがたいものです。栗田節を非難するわけではありません。ロートレアモンのフランス語は、マラルメ以上に、ラヴクラフトの英文以上に、形容詞が入り乱れて主格が混沌としていて、麻薬的な快感を与えつつも精確な解釈や翻訳を許さない毒素が充満しているものです。そのため、原文で『マルドロール』を読んでいると至福の中で気が狂いそうになります。この難物を独特のビジョンを持った日本語に移し替えたのですから、栗田勇は文字通りの偉業を成し遂げたのだと思います。そして、『マルドロール』の日本語訳では栗田訳が一番美しいと思います。
Maldoror - Lautréamont - L.L. de Mars
Maldoror : Le site - Tout sur Isidore Ducasse et Lautréamont
・・・というようなことを私がコメントしている間に時間がなくなってしまいました。もう少し詩論についてやりとりしたかったです。また議論する機会があると嬉しいですが。