otomeguの定点観測所(再開)

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ジョン・ハート『終わりなき道』短評

 久々にきましたね、ジョン・ハートの最新作。『アイアン・ハウス』以来4年ぶりの新作ですが、今回もなかなか面白かったです。

 【謎解きと心情と人物史】 

終わりなき道 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

終わりなき道 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

  過去、ハートの作品は、いずれも謎解きを軸に据えながらも、人物の心情、コミュニティの深層、社会的テーマ、心理学、人物史といった様々な横糸を絡めて重厚にストーリーを織りなしていくものでした。前作『アイアン・ハウス』では主人公に解離性障害という側面を絡め、物語に紆余曲折を持たせて読者を引っ張る力業を見せていました。

 今回も複層的な物語の作りは健在です。主人公の刑事・エリザベスが犯人を射殺してしまったことの真相。そして元刑事でジュリアの先輩、エイドリアン・ウォールがある事件の関係者、ジュリア・ストレンジを殺害したとされる事件の真相。この2つの事件の謎解きを軸に、様々な人物が横糸として絡んで物語を複層化し、事件の真相を見えにくくしていきます。そして、様々な人物の愛憎や過去の歴史、心の闇などが次々と浮かび上がり、ラストで全てが収束します。壮大かつ重厚な物語であり、ページターナーとしてのハートの力は健在でした。また、事件の背景に描写されるアメリカ南部の点景も魅力的です。

 ただし、今回はあまりに多くの横糸を巡らせすぎて、軸となる事件の真相解明が読者から見えにくくなっているきらいがあります。翻訳ミステリについて、謎解きはあくまで作品の構成要素の一つに過ぎないと割り切って読むなら秀作になりうる作品です。しかし、謎解きを中心に楽しみたいミステリ読みから見ると、削るべき要素が散見されます。また、アメリカ南部の点景を謳った叙情性も、前作までに比べると薄くなっています。原文を確認していませんが、文体の変化でもあったのでしょうか。まあ、このあたりはあくまで好みの問題ですが。