otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2016極私的回顧その4 本格ミステリ(国内)

 うーん、遅々として更新が進まない・・・。例年になくいろいろ忙しい状態でして・・・。言い訳はともかく、テキストにいきましょう。回顧第4弾は本格ミステリの国内になります。いつものことですが、テキスト作成のため『このミス』ほか各種ランキング、およびamazonほか各種レビューを適宜参照しています。

 【マイベスト5】 

このミステリーがすごい! 2017年版

このミステリーがすごい! 2017年版

 

  

2017本格ミステリ・ベスト10

2017本格ミステリ・ベスト10

 

  

ミステリマガジン 2017年 01 月号 [雑誌]
 

  では、いつものようにマイベスト5から。

 

1、涙香迷宮 

涙香迷宮

涙香迷宮

 

  各種ランキングで1位を総なめにしていた作品なのでいまさら感がありますが、2016年に読んだすべてのミステリの中でこの作品がベストワンです。竹本健治ツイッター上で発表していた短歌をベースに、いろは48音の短歌を連ねて暗号として構成し・紐解くという力業にうなりながら読み進めました。古今の暗号ミステリ史に残る到達点というべき傑作です。

竹本健治 (@takemootoo) | Twitter

 

2、真実の10メートル手前 

真実の10メートル手前

真実の10メートル手前

 

  当ブログでは長らく米澤穂信作品を本格ではなくサスペンス枠で評価してきました。狭量といえばそれまでですが、本格とは狭い価値観でくくるべきものであり、米澤作品は本格以外の要素のほうが強いと判断してきたということです。

 今さらですが、『容疑者X』は本格ではありません。ただし、これは『容疑者X』の作品自体の価値を貶めるものでは全くありません。当ブログで10年以上前の「極私的独白」時代にやいのやいの言っていた話ですね。

容疑者Xの献身

容疑者Xの献身

 

 しかし、2016年は初めて米澤作品で本格の要素が最も強いと判断しました。『本ミス』ではその味わいをケメルマンに喩えていましたが、米澤穂信はすでにケメルマンを超える領域に到達しています。各短編に堅牢な本格としての骨格を構築しつつ、探偵役へのシニカルなまなざし、市井の人々の機微な心情、心地のいいけれん味など、米澤作品のいつものテイストが染み出してきて、安定の米澤節を堪能できます。

 

3、図書館の殺人 

図書館の殺人

図書館の殺人

 

  2016年に刊行された青崎作品の中ではこれがベストでしょう。平成のエラリー・クイーンと帯で銘打っていましたが、その看板に恥じることのない良作です。恣意的なダイイング・メッセージをカモフラージュとして切り捨てて、論理の落とし穴を突き、サプライズでありながらロジカルに犯人を割り出しています。本格としての密度においては2016年のベストワンです。

 

4、顔の剝奪 

顔の剥奪: 文学から〈他者のあやうさ〉を読む

顔の剥奪: 文学から〈他者のあやうさ〉を読む

 

  批評からはこちらを持ってきました。探偵小説における顔のない死体が暴力的なアレゴリーであると第1章で定義づけられ、メグレの抱える試みと矛盾、村上春樹の遊離した表象、多和田葉子ラカン的ペルソナなどが文化論・記号論的に解題されていて、なかなかの知的興奮を味わうことができました。

 

5、シャーベット・ゲーム オレンジ色の研究  

シャーベット・ゲーム オレンジ色の研究 (SKYHIGH文庫)

シャーベット・ゲーム オレンジ色の研究 (SKYHIGH文庫)

 

  2016年に読んだライトノベル・ミステリの中ではこれがベストです。推理以外の要素を極力排したガチの本格です。探偵の推理の過程を読者に対して徹底的に明かすフェアプレーを敢行しつつ、最後にきちんとアクロバットも用意されていて、本格として水準の高い出来になっています。是非メジャーレーベルからのブレイクを期待したい作家さんですが、ライトノベルというのジャンルの枠内では評価の難しい人かもしれません。

 

【とりあえず2016年総括】

 全体としては豊作の出来でした。新本格以来のベテランは元気がなかったですが、 

挑戦者たち

挑戦者たち

 

  

遠い唇

遠い唇

 

  中堅どころも、 

クララ殺し (創元クライム・クラブ)

クララ殺し (創元クライム・クラブ)

 

 

黒面の狐

黒面の狐

 

  そして若手も順調に作品を発表し、 

聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた (講談社ノベルス)

聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた (講談社ノベルス)

 

 心地よい乱戦状態を味わうことができた1年でした。 20年代を担う作家が出揃ってきた感もあり、新鮮さを堪能できるのは誠にいいことですが、プレ新本格新本格世代の成熟した味わいが足りなかったのが残念でした。2017年はベテラン作家たちの反撃を期待したいと思います。