2016年極私的回顧その7 歴史・時代(文庫)
昨年度から極私的回顧のラインナップに加えた歴史小説・時代小説、まずは書き下ろしの文庫からです。いつものお断りですが、テキスト作成の際にamazonほか各種レビューを参照しています。
【マイベスト5】
1、口入れ屋おふく 昨日みた夢
新刊ではありませんが、宇江佐真理・追悼のため、ここに持ってきました。主人公・おふくは現代でいけば派遣社員のような立場で様々な仕事をこなします。行く先々での人情味あふれるエピソードは安定した宇江佐節。一生懸命働くんだけど、思うようにいかない彼女の姿に強く感情移入させられます。
2、勝山太夫、ごろうぜよ
江戸の初期、男装の麗人として世を賑わした勝山太夫の一代記です。鮮やかに啖呵を切る彼女のキップの良さと、その裏にある女性としての弱さや細やかさのギャップが非常に魅力的です。江戸初期の文化・風俗も力を入れて描写されていて、映像的にも優れた小説だといえるでしょう。
3、一鬼夜行 鬼の福招き
〈一鬼夜行〉シリーズ第二部開幕。引き続き安定した面白さです。依頼の解決に奔走しつつもなかなか鮮やかな解決とはいかないのは第一部と同じです。不器用ながらも人情味あふれる鬼蔵のキャラクターがやっぱりいいですね。鬼蔵と小春のやりとりを見ていると、切ないながらもほっこりと安心させます。
4、大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 両国橋の御落胤
大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 両国橋の御落胤 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
- 作者: 山本巧次
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2016/05/10
- メディア: 文庫
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主人公はアラサーのOLです。現代と江戸を行き来して二重生活を送りつつ、現代の知識や駆使して江戸で事件解決に挑みます。SFやミステリとして細かく見てしまうと穴がいろいろありますが、あくまでテンプレかつご都合主義前提の作品なので、細かいことを気にするのはやめましょう。アップテンポの物語や、主人公・おゆうの周りの人情味やどたばたを楽しめばいい作品です。
5、貸し物屋お庸
べらんめえ口調の男言葉で頑張り屋のお庸のキャラクターが魅力です。事件に対して持ち前の明るさと負けん気で立ち向かい、江戸の町を奔走する彼女の姿は、気持ちのいい読後感を与えてくれます。江戸の生活や風俗を精細にかつ映像的に描写しつつ、物語に伝奇的要素まで含めているのはさすが平谷美樹ですね。
【2016年とりあえず総括】
新レーベルの出現などに沸いたここ数年に比べるとやや落ち着きましたが、2016年も文庫書下ろしの歴史小説・時代小説は豊作の状況でした。横断的に追うのが不可能なほどの点数がひと月に刊行されているので、読者としては読んでも読んでも追い切れないという嬉しい状態です。ライトノベルを卒業した作家や読者や、SF・ミステリなどの他ジャンルから流れてきた作家や読者が入り乱れて乱戦になっている状況も相変わらずで、ジャンル運動体としてのエネルギーは引き続き高かったようです。
私が読んだ作品は、ライトノベルの外挿のような質感のものが多かった印象です。活劇的な作品が多く目についた一方で、宇江佐真理さんのように人情や風俗をじっくりと書き込んだ味わい深い作品をあまり見かけなかった気がします。2017年はしっとりと落ち着いた人情ものの傑作に出会いたいものです。