otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2017年極私的回顧その23 ホラー・怪奇

 極私的回顧もいよいよラスト前。今回はホラー及び怪奇幻想小説についてまとめております。読んだ冊数が多くないので、国内作品と海外作品をまとめたランキングになっています。また、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。

 

otomegu06.hateblo.jp

 

【マイベスト5】

 

SFが読みたい!2018年版

SFが読みたい!2018年版

 

 

1、火の書 

火の書

火の書

 

 3年連続でグラビンスキの作品が刊行されるという、わけの分からない事態が起こりました。極私的には『狂気の巡礼』の方が短編集としての質は高かったと思います。また、作者が本の中で述べているとおり、芸術性の高くない作品も含まれています。しかし、現代のホラー小説という視座で評価すると、核となるアイデアが分かりやすくまとまっており、前2作よりリーダビリティが高くなっています。読みやすくて楽しめたので1位にしてみました。 

動きの悪魔

動きの悪魔

 
狂気の巡礼

狂気の巡礼

 

 

2、里山奇談 

里山奇談

里山奇談

 

  単なる怪談集ではなく、里山を舞台に様々なモチーフの短編を集めた作品集です。風景の色合いや水や空気の感触の移ろいなど、些細なことから怪異の存在を感じとれる細かな描写が秀逸です。静けさの中に自ずと怪異が顕れる印象で、幼い頃の里山の風景を思い起こしながら楽しめました。

 

3、アシッド・ヴォイド 

アシッド・ヴォイド Acid Void in New Fungi City (TH Literature Series)

アシッド・ヴォイド Acid Void in New Fungi City (TH Literature Series)

 

  朝松健のクトゥルフ神話関連の作品を集めた短編集です。実話をもとにしたネタばらし(??)からウィリアム・バロウズクトゥルフ神話を融合させた実験的作品まで、バラエティに富んだ構成です。朝松作品に特有の現実崩壊感覚はどの収録作品にも通底しており、読後感の不安定さ・決まりの悪さも強烈です(もちろんほめ言葉です)。

 

4、FUNGI-菌類小説選集 第Iコロニー

FUNGI-菌類小説選集 第Iコロニー(ele-king books)

FUNGI-菌類小説選集 第Iコロニー(ele-king books)

 

 キノコをモチーフにした奇想・怪奇短編集で、編者はクトゥルフ神話系のホラー作家・アンソロジストです。収録作の系統が多彩で、クトゥルフ的なものやB級ホラー的なもの、いわゆる「奇妙な味」のものなど程よく散乱しています。怪奇幻想の徒やB級作品を楽しめる向きにはおすすめできますが、菌類マニア向けの本ではありません。

 

5、ジョージおじさん 

ジョージおじさん〜十七人の奇怪な人々 (ナイトランド叢書)

ジョージおじさん〜十七人の奇怪な人々 (ナイトランド叢書)

 

  日本で評価されているダーレスはラヴクラフトの高弟としての姿ですが、人間味あふれる優しい短編作家としての側面もあったことが分かります。古き良き怪奇小説のアイデアが穏やかで読みやすい文章で綴られており、あたたかでノスタルジックな読後感に浸ることができます。是非、ダーレスの「純文学」作品の翻訳も進め、日本における一面的なダーレス評価を転倒させましょう。

 

【2017年とりあえず総括】

 2017年の概況としては、まずクトゥルフ関連の出版が活発だったことが挙げられます。日本人作家のクトゥルフ関連作品、ラヴクラフトの新訳、評論集などが相次いで刊行され、TRPGにおける動きも引き続き活発だったようです。ラヴクラフト自身についても研究・発掘が進み、新事実がいろいろ出てきているようなので、2018年もこの流れには注目すべきでしょう。 

クトゥルーの呼び声 (星海社FICTIONS)

クトゥルーの呼び声 (星海社FICTIONS)

 
クトゥルー短編集 邪神金融街 (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)

クトゥルー短編集 邪神金融街 (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)

 

 ホラー小説の出版状況は、海外作品・国内作品ともに豊作という、ここ数年の安定した状況が続きました。海外作品ではクラシックやネオ・クラシックの発掘からモダン・ホラー作品まで、国内作品でもジャンル・ホラーの作家やジャンル越境者が活発に作品を刊行しつつ、怪談集などサブジャンルの動きも活発で、質量ともに十分な1年でした。

 しかし、ジャンル・ホラーは安定していますが、大作がなかったのも2016年と同様で、また物足りなさを覚えた1年でした。なかなか難しいのは分かっていますが、怪奇・幻想の徒としては2018年こそ大作ホラーを貪り、渇きをいやしたいものです。