2017年極私的回顧その24 科学ノンフィクション
極私的回顧はいよいよオーラス。最後は科学ノンフィクションになります。場末ブログの繰り言にここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。なお、このジャンルは全てを俯瞰するのが難しいので、生物系を中心に私が読んだ本をレビューするにとどめております。また、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。
【マイベスト5】
1、外来種のウソ・ホントを科学する
外来種については当ブログでは繰り返しテキスト化しております。複雑に絡み合った問題系が難しくて面白くもある事象ですが。既にこの本はレビュー済みなので、再掲します。
上の本の奥付けには、著者のケン・トムソンは日本では初訳の著者のように書いてありますが、ガーデニングの本が1冊訳されています。
Thompsonという英語の姓は日本では「トンプソン」という表記が一般的ですが、英語では「トムソン」という発音です。今回の訳では原語の発音を優先したようです。
テキストをいくつか読んだ限りですが、ガーデニングに造詣の深い植物科学の専門家で、イギリスでは結構有名そうな人ですね。外来種については、今回の著作以前にも「外来種は悪ではない」という主張を行ってきたようです。
さて、トムソンの主張なんですが、当ブログにおいてフレッド・ピアスの著作のレビューでまとめたことと大きな差異はないと思います。乱暴ですが要約して箇条書きにしますと、
・生物種は絶えず移動して遷移するものであり、ずっとその場所に居続けるような「在来種」など存在しない。
・人間は自然の一部であり、意図しようと意図しまいと他の生物の移動に手を貸してきたし、これからも貸し続ける。
・「在来種」の定義はかなり曖昧なものであり、科学的な正当性は疑わしい。
・「在来種」はしばしば人間の好き嫌いやイメージによって恣意的にカテゴライズされる。
・外来種が生態系を破壊するとか、大きな経済的損失をもたらすとかいう議論には、信用すべき論拠がほとんどない。
・生態系は外から生物が侵入することですぐに壊れるようなデリケートなものではない。外来種も取り込む柔軟性を持っている。
・外来種を含んだ生態系は短期間では混乱に陥っているように見えても、やがて外来種を取り込んで調和する。その過程で在来種が外来種の影響で独自の進化を遂げることもある。
・外来種が在来種を駆逐しているという科学的根拠はない。
・侵入した外来種のほとんどは生き残れず死に絶えていく。
・外来種を駆除することは不可能であり、へたな駆除策はかえってマイナスの結果をもたらす。
・人間は学者も含めて生態系についてほとんど理解していないのだから、理解していないということを前提に議論し、行動するべきである。
・外来種の入った生態系を以前の状態に戻すことは不可能であり、外来種を含んだ生態系をいかに利用するか、いかにつきあうかを現実的に考えるべきである。
と、まあこんなところでしょうか。この種の議論は誤読されやすいので、一部のバスアングラーなどが都合よく解釈しているようです。
フレッド・ピアスの本のレビューの時にも同じことを書きましたが、トムソンは意図的な外来種の導入による攪乱を擁護しているわけではありません。また、外来種の誤った導入で島嶼の生態系が混乱させられてしまう例は、この本でも挙げられています。大切なのは、外来種が存在する現在の状況にいかに現実的に対応するか、という一点です。
トムソンはこの本で明快な解を唱えているわけではありません。著者が行っているのはあくまで問題提起です。専門家だけでなく市民が広く外来種や生態系の問題について考え、自然認識や科学リテラシーを高めていくことが重要なのでしょう。外来種問題に対する正解など存在しません。何を唱えても何をやっても賛否が交錯する、実に矛盾に満ちた世界です。自分がどの意見に与するべきなのか、読めば読むほど分からなくなっていくというカオティックな世界です。一読者としては、もうしばらく揺れ動いて楽しみたいとも思います。
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2、昆虫の交尾は味わい深い
日本の研究者にイグ・ノーベル賞 「雌雄逆転」の虫発見 :日本経済新聞
メスがオスに挿入 不思議な“交尾器逆転”昆虫「トリカヘチャタテ」が発見される - ねとらぼ
雌が男性器持つ虫「多くの辞書、時代遅れに」 研究者:朝日新聞デジタル
メスがペニスのような器官を有してオスに挿入するという、従来の役割を雌雄逆転させたとんでもない虫ですね。2014年から話題になっていた事柄ですが、まさかイグ・ノーベル賞までいくとは。トリカヘチャタテの進化史はまだ未解明のようですが、判明したらまた興味深いニュースになるんでしょうね。
3、サイバネティクス全史
サイバネティクス全史――人類は思考するマシンに何を夢見たのか
- 作者: トマス・リッド,松浦俊輔
- 出版社/メーカー: 作品社
- 発売日: 2017/09/27
- メディア: 単行本
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科学ノンフィクションですが現代思想やSF、文化評論などの項目でも扱える本です。サイバネティクスの現代に至る流れを分かりやすく俯瞰できる好著であり、未だサイバネティクスが思想としての命脈を失っていないことが分かります。VRやARが駆動し、人間と機械と情報が結節する21世紀の現在、サイバネティクスに基づく実存の再定義は間違いなく必要です。ウィナーの先駆的な功績を改めて現代に変奏していく必要があるのでしょう。
1658夜『サイバネティクス全史』トマス・リッド|松岡正剛の千夜千冊
サイバネティクス全史―人類は思考するマシンに何を夢見たのか<木内俊克氏>|Magazine(マガジン)|建築 × コンピュテーションのポータルサイト Archi Future Web
神話に基づく変奏──『サイバネティクス全史――人類は思考するマシンに何を夢見たのか』 - 基本読書
「思考するマシン」は人間に何をもたらしたのか 『サイバネティクス全史』 WEDGE Infinity(ウェッジ)
4、鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。
学者の持つ科学知識を面白く伝えるという点において、川上和人はやはり卓越した著者ですね。語り口調もバラまかれたネタも面白く、アカデミックな事柄を分かりやすく伝える点においても優れています。特に島での研究調査のくだりは面白かったです。科学コミュニケーション・科学ライティングにおける理想形の一つがここにあります。
5、歌うカタツムリ――進化とらせんの物語
歌うカタツムリ――進化とらせんの物語 (岩波科学ライブラリー)
- 作者: 千葉聡
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2017/06/14
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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こちらも科学ライティングの白眉といえる著作です。カタツムリの進化を巡る論争の歴史を通じて、自然選択説=適応派VS進化中立説=非適応派の戦いの歴史が並行して語られています。カタツムリへの愛に満ちた本であるとともに、進化生物学についてまとめた好著でもあり、一線の研究者から高校生など一般の読者にまで幅広く進めることができる本でしょう。現在、自然選択説と進化中立説は融合され、総合的な進化論として発展しているそうです。