2018SFセミナーレポートその1 新進作家パネル 石川宗生・草野原々
GWが明けてから一気に多忙になり、なかなかブログを更新する余裕ができませんでした。今年のSFセミナーは文芸系の面白いトークが多かったので、早くテキスト化したかったんですが。とりあえずぼちぼち更新していきますので、飽かずお付き合いいただければ幸いです。
まずは、昼の本会の1コマ目の企画および合宿の「草野原々の部屋」を併せてテキスト化します。
石川宗生 (@unpocomastiempo) | Twitter
草野原々@星雲賞日本短編部門受賞! (@The_Gen_Gen) | Twitter
(お父さんとお母さん)
草野 完也 | 名古屋大学 宇宙地球環境研究所 総合解析研究部
草野完也 (@kanya_kusano) | Twitter
例によってなんぼでも貼れますが、とりあえずこれくらいで。インタビューの素材としては非常に興味深いお二人でした。「世界文学やマジックリアリズムを思わせる」とセミナーのパンフに記されていた『半分世界』の作者・石川宗生、そして近年の日本SF界を荒らしまわるトリックスター(??)草野原々。二人とも初めて目にする機会だったので楽しみにしていたのですが、内容的にはやや不満が残りました。SF史的・文学理論的・哲学的・サイエンスの視座など、作品の内奥にいくらでも斬り込む余地があったのに、作品の周辺・周縁を回っただけで終わってしまった印象です。特に草野原々をいじるとなると哲学やサイエンスの視座が欠かせないのですから、もう少しアカデミックな着眼点がほしかったと感じました。
文句はこれくらいにして、つまみ食いかつ雑駁で恐縮ですが、インタビューおよび合宿企画の内容をまとめつつ、私見を加えていきます。
【石川宗生】
では、石川宗生からいきましょう。彼の創作のきっかけはアメリカの大学で日本語に飢えていて、現地で日本語の小説を読んだことだそうです。影響を受けた作家としてヴォネガットがあがっていましたが、言及のみでした。また、増田まもるの塾の生徒だったそうですが、作品を応募する際にアドバイスはもらったものの、創作の指南を受けていたわけではないそうです。『半分世界』のあとがきで1日の仕事スケジュールとか、各短編に影響を与えた作品とか書かれていたのですが、実はいろいろと嘘っぱちだったとのこと(笑)。トークの中では各短編について、こんな話題が出ていました。
「吉田同盟」⇒何でも増えればニュースになるので人間を増やしてみた、というのがこの物語の着想。最初は50000人まで増やしたのだが、リアリティを保つため20000人に減らした。
「半分世界」⇒カルヴィーノ『まっぷたつの子爵』からインスピレーションを受け、家を2つにしてみた作品。作中に出てくる登場人物の生活のシミュレーションがよくできていて、リアルと不条理とのバランスがよく取れた作品。
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「白黒ダービー小史」⇒サッカーの小説を書きたかったのだが、普通にサッカーを描くと文学的にならないので、小説を書くために大きくアレンジを加え、既存の哲学・科学のパロディを入れた。
「バス停夜想曲、あるいはロッタリー999」⇒あとがきではアントニオ・タブッキやフリオ・コルタサルの影響があるということになっていたが、作品への実際の影響はないとのこと。実は、タイのバンコクで目にした路線バスから作品のインスピレーションを受けた。バンコクではバス停のないところに人だかりができていて、そこにバスが停車するなど、乗客が多くて結構カオスな状況になっているとのこと。
・・・と、こんなところでしょうか。
まだ短編集1冊だけですが、多彩な視座から評価できる作家さんだと思います。ユーモアSFの切り口だったらラファティとの絡みも面白いでしょうし、ニューウェーブやスリップストリームからバラードとの絡みもいけそうですし、マジックリアリズムの関連で中南米の文学からの影響を掘り起こせそうですし、世界文学ならカルヴィーノ、タブッキ、コルタサルなどからの間テクスト的な影響をいろいろと挙げられるでしょうし。スペキュレイティヴ・フィクションにおける興味深い書き手の登場ですから、今後も楽しみですね。
【草野原々】
続いて草野原々にいきましょう。動作不審なオタクキャラといううわさはかねがね聞いていたのですが、見た目はそのまんまでした。インタビューの受け答えや合宿企画でのやりとりを聞いたところ、かなり計算して動作を考えつつ、イタイ言葉を選んでいる印象がありました。しかし、作品のアイデアに関わる思弁や、架空理論のからくりなどについては明快に論を組み立てていました。また、哲学の質問などアカデミックな事柄に対してもクリアーに答えていました。そのため、ロジカルに組み立てられた作品同様、ロジカルな思考回路を有した青年だという印象を持ちました。どうしてもオタクキャラが先行してしまいますが、やはり彼の本質はアカデミックな側にあるのでしょう。ラブライブやけもフレやソシャゲや声優や百合ももちろん重要ですが、草野作品の核になっているのはあくまでワイドスクリーンバロックとしての架空理論と大仕掛けと奇想であり、作品を貫く強いロジック思弁であり、理論や科学の文献の狩猟であり、分析哲学で鍛えられた思考力なのでしょう。
できれば一度、哲学的な視座の話をきちんと聞いてみたいものです。「アイドル」の理論ベースになった哲学者についてや、
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現在研究を進めているという「フィクションの哲学」についてなど、現象学や思弁的実在論のアプローチとは異なる位相の興味深い話がありそうです。残念ながら今回のセミナーではそこまで突っ込む機会がありませんでした。
彼が現在に至った道程ですが、草野原々は小学生の時、既に奇想小説の卵のようなものを書いていたそうです。そして、高校から大学にかけては、オタク文化に染まりながらSFにどっぷりつかっていたそうです。合宿ではワイドスクリーンバロックやベイリーを強く意識した発言がありましたが、創作の初期段階から奇想に染まり、現在の小説に通じる道程を着々と歩んできたということですね。また、一番好きなアニメは『serial experiments lain』だそうです。『lain』はあくまでサイバーカルチャー/ドラッグカルチャーおよびサイバーパンクの落とし子であり、オカルトと神学を底流にしたホラーでもある作品ですが、架空理論や哲学に基づいた強度の思弁に支えられているという点においては、草野原々の小説と通底する部分もありますかね。草野原々は架空の理論や思弁を小説化するためにSFの枠組みを力業で展開しますが、創作に対する思考力と執念が不足していた私のような向きには、彼の強い思索と意志は非常に眩しく映ります。
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さて、ご存知の方も多いと思いますが、草野原々のデビューのきっかけとなったSF・ラブライブ合同誌がこちらです。
これの下巻『キボウノユクエ』の巻末を飾ったのが、「アイドル」の原型となった「最後にして最初の矢澤」です。
ちなみに、草野原々はμ'sではニコ推し、
ラブライブ!Official Web Site | メンバー紹介
羅刹(魁!!男塾)とは (ラセツとは) [単語記事] - ニコニコ大百科(手の形の大先輩)
Aqoursではヨハネ推しだそうです。さもありなんですな。
ラブライブ!サンシャイン!! Official Web Site | メンバー紹介
早川書房の担当の方が「1000本ノック」と称していましたが、「アイドル」でのデビュー後、草野原々には地獄の特訓の日々が待っていたそうです。これまでに書いた短編を編集部に送ったものの全て没になり、さらにプロットを編集部に送ってはことごとく没になり、と膨大な量の書き直し練習を行い、作家としての技術を高めていったとか。「アイドル」で稀有壮大な物語を展開した以上、第2作は「アイドル」よりさらにインパクトのあるものでなければならないため、かなりの難産になったそうです。そうして出来上がった苦心作が「エヴォがる」だとのこと。ワイドスクリーンバロックの道は果てなく険しいもののようです。
草野作品においては、身近なものと身近でないものをつなぐこと、エンタテイメントとアカデミックの融合、要するにオタク文化と架空理論や哲学・思弁の融合が常に意識されています。セミナーで出た作者自身のコメントに基づいて、できる限りネタバレにならない範囲で、短編3本についてのキーワードなどを整理してみましょう。
「最後にして最初のアイドル」は、最初「意識の矢澤にこ起源説」だったものが「意識のアイドル起源説」となった作品だそうです。上に書影を挙げた各文献にも出てくる最近の脳科学・哲学の知見においては、心はパーツとして分解可能なものであること、意識を脳というニューロンのネットワーク全体としてとらえなければならないということ、言語や思考は脳内のヴァーチャルなシステムで処理されていること、などが説かれています。草野はこの意識および脳のシステムをアイドルという記号で/に読み替え、意識についての架空理論を打ち立て、小説化しました。意識をシステムとして扱う試みはサイバーパンクなどでもなされてきましたが、これをヴァーチャル・アイドルと結びつけるという飛躍は、草野原々でなければ思いつかない芸当でしょう。そして、アイドル活動自体の進化と人類の生命としての進化、果ては宇宙そのものの進化や生成流転と破滅までもを描き切り、そこに百合をまぶしてできあがったのが短編「アイドル」ということです。また、シミルボンではディザスターSFという表現がされていましたが、人類や星の破滅の仕方についても、太陽フレアやモノポールなどいろいろな仕掛けをぶち込み、ぶっとんだものに仕上げたそうです。お父さんが太陽フレアの権威であり、彼自身も科学少年だったそうですから、この辺りも作品に好影響となって顕れたようです。
草野 完也 | 名古屋大学 宇宙地球環境研究所 総合解析研究部
http://polaris.nipr.ac.jp/~ryuho/x3/x2_kusano.pdf
https://repository.exst.jaxa.jp/dspace/bitstream/a-is/599480/1/AA1630038016.pdf
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/sun_tour/sun_tour2012/list/20120829_masuda.pdf
http://www2.ccs.tsukuba.ac.jp/Astro/Meetings/RironkonSymp12/presentation/17_kusano.pdf
http://www.riken.jp/lab-www/theory/research/monopole.pdf
N極・S極だけをもつ磁石「磁気モノポール」の発見、高密度集積化の限界突破へ - GIGAZINE
「エヴォリューションがーるず」では、まず「ソシャゲ」と「けもフレ」がオタク文化のアイコンとして用いられました。そして、架空理論としては、自由意志とは多次元間のエネルギー通信であるという理論が最初に構想されました。そして、課金を概念として活用した生命進化、エントロピーと自由意志を絡めた時間移動などを加えていき、前作よりも百合成分を増し増しにしたらこんな小説になったそうです。ちなみに、作中の生物のモチーフは主に無脊椎動物だそうです。
「暗黒声優」では、まず声優というネタが先にあったそうです。そして、声優を人的資源としてとらえ、ダークマター生命と声優を関連付けるとともに、声優を宇宙のエネルギー源として設定したそうです。また、スぺオペでは宇宙空間で声や音を伝えることができるので、音が伝わるからくりとしてエーテル宇宙を発想したそうです。
・・・と、こんなものでしょうか。あとは実際に作品を読んで確かめていただければと思います。
本当に長らく待ち望んでいた、和製ワイドスクリーンバロックを構築できる作家さんであり、オラフ・ステープルドンや小松左京などの稀有壮大な哲学SFの系譜を引き継ぐ作家さんだと思います。偉大な先達にどこまで近づいていけるのか、是非、今後の動向を楽しみにしていきたいと思います。