otomeguの定点観測所(再開)

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『スタア誕生』短評

 最近サッカーにかまけていたので、ここから少し当ブログ本来の方向に戻していきます。まずは、いつものごとくすごーく遅ればせですが、今年出た金井美恵子の本のレビューを。

  

『スタア誕生』

『スタア誕生』

 

  舞台は1950年代のとある地方の商店街。主人公「私」は美容院「モナミ」のマダムに預けられている。駆け落ちやら何やらで「私」の両親ともに不在。「モナミ」はマダムの娘や美容師見習いからなる女所帯で、いつもけたたましい会話が鳴り響いている。そして、主人公は大好きな映画のことばかり考えて・・・

 という導入でピンとくる向きもあるかもしれませんが、設定はこちらと全く同じです。 

噂の娘 (講談社文庫)

噂の娘 (講談社文庫)

 

  『噂の娘』では映画スターたちにあこがれるだけの存在だった少女が、実際にニューフェースに応募して、女優となっていく物語が『スタア誕生』です。日経の書評にもありましたが、いわば『噂の娘』スピンオフです。でも、極私的には本家よりスピンオフのほうが面白かったように思います。

 月並みな表現ですが、金井美恵子の小説は映画的だといわれます。正確には、映画的に見えるが実際には映像にしづらいあわいの部分こそ金井作品の肝なのでしょう。この本の見どころは序盤です。モノクロ映画のような描写・情景の中に子供時代の夢が濃密に詰め込まれ、時間がゆるやかにゆるやかに流れていきます。読者もろとも物語世界を映画の夢に包み込む至福の紙幅ですが、点景が夢想的な時間感覚の中にぼやけていき、視覚化しづらいというか視覚化するのがもったいないほどの甘美さです。

 物語後半、主人公は夢をかなえて映画界に飛び込み、実在した映画にも何本も出演します。しかし、そこで待っていたのは子供らしい夢想=夢見の終わりであり、地に足をつけて生きなければならない現実の過酷さでした。日本映画が娯楽の王様から滑り落ちていく歴史の有様が、夢から醒めていく主人公の生き様を通じて照射されています。後半でこのように夢想から頽落するからこそ、物語前半の夢が古き良き映画のように光輝いて見えるのでしょう。

 結局、夢を何度でも見返すことができるのは記憶の中だけです。その貴さと虚しさとが呼応しているこの作品は、まさに映画的ですが映画的でなく文学的ですが文学的でない金井作品の点景=典型の一つと称されるべきものなのでしょう。

 まだまだこのババアは健在のようで、喜ばしい限りです。 

早稲田文学 2018年春号 (単行本)

早稲田文学 2018年春号 (単行本)