otomeguの定点観測所(再開)

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『宇喜多の楽土』短評

 木下昌輝といえば、2012年に『宇喜多の捨て嫁』でデビューして、いきなり直木賞候補になるなど、デビューから5年余りで日本の歴史小説の中心の1人となった作家です。今年、〈宇喜多〉シリーズ第2弾が出ました。 

宇喜多の捨て嫁

宇喜多の捨て嫁

 

 【トリッキーから直球へ】 

宇喜多の楽土

宇喜多の楽土

 

 『捨て嫁』がダークでトリッキーな短編集であったのに対し、『楽土』はごくまっとうな歴史小説になっています。『捨て嫁』に連なる宇喜多秀家の生涯が読みやすいボリュームに密度濃く収められていて、リーダビリティもなかなか。しかし、やや端折りすぎていて描写の薄い部分やもっと掘り下げてほしい部分などもあるので、一長一短というところでしょうか。秀家の生涯は波乱万丈なものであるためストーリーは面白いですし、宇喜多家から見た関ヶ原という通説と一線を画した独自の着眼点もあり、歴史的なひねりもあります。また、関ヶ原の後の秀家は島流しに遭うなど不遇な晩年を過ごしたため、どうしても物語全体に暗い帳が下りてしまいます。それでも、秀家と豪姫の絆が清々しい印象を与え、良い読後感につながっています。たとえ報われたとはいいがたい生涯でも、秀家自身が納得して生きたのだからそれで良いのでしょう。

 『捨て嫁』のインパクトには及びませんが、『楽土』は手堅い佳作であり、歴史作家としての木下昌輝の力量を味わうのに十分な作品です。しかし、それでもやはり直木賞にはもう一歩という印象で、食い足りなさも残りました。コンスタントに新刊を追っている作家さんの1人ですし、そろそろキャリア的にも重厚な大作を期待したいところですね。