2018極私的回顧その18 SF(海外)
極私的回顧もようやく終わりが見えてきました。今回は海外SFについてまとめていきます。作品によってはファンタジー・幻想文学など他ジャンルに配したものもあります。なお、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい!』およびamazonほか各種レビューを参照しております。
【マイベスト5】
1、七人のイヴ
16年ぶりのニール・スティーヴンスンの邦訳。そのことだけでも長い渇きをいやしてくれるような甘美な現象でしたが、まごうことなき傑作でした。極私的には問答無用で2018年のベストワンに推します。
当ブログでレビュー済みの作品なので、再掲します。
間違いなく作者の現時点における(邦訳されている中では)最高作品にして、2018年度のベストSFの一角でしょう。「ビル・ゲイツやオバマが絶賛!」とか「人類、生き抜きすぎ」とか、壮大な言葉(??)がオビに並んでいましたが、確かに称賛していいランクのSFでしょう。Ⅰ・Ⅱは、人類を襲うディザスターと生き残りをかけて苦闘する人類、そして再生の歴史を描いた壮絶な未来史です。それに対し、Ⅲは5000年後の人類の歴史や都市環境の描写と、地球におけるファースト・コンタクトを描いたSFで、ロマンチックなムードさえ漂っています。Ⅰ・ⅡとⅢがこれだけ好対照な構成になっている三部作は珍しいような気がしますが、読者視点から見れば壮絶な未来史であるⅠ・Ⅱが本編で、Ⅲは5000年後の世界を描いたエピローグです。しかし、スティーヴンスンにとってはⅠ・Ⅱはあくまで序章に過ぎず、本当に描きたかったのはⅢの後半におけるロマンチックな物語なのでしょう。それだけに、Ⅲの後半が駆け足で過ぎ去ってしまったのはやや尻すぼみ感があります。文章に冗長なところがあるうえ、ただでさえ分量の多い作家なので、これ以上長くされると読みにくくてしゃーないという面はありますが。でも、極私的にはファースト・コンタクトの瑞々しい物語をもっと見せてほしかったという気がしています。結構魅力的な世界が構築されているので、続編とか短編集とか、シェアード・ワールドで他の作家が書くとかしてくれると嬉しいんですが。というか、Ⅲのあとがきにもあったように、スティーヴンスンにはもっとSFを書いてほしいんですが。なかなか難しそうですね。
過去、ニール・スティーヴンスンの邦訳は3作が刊行されていますが、いずれもサイバーパンク/ポスト・サイバーパンクの圏域に入る作品です。従来のサイバーパンクは、テクノロジーをハードSF的な物語の核ではなく、猥雑な世界に散種された修辞というか世界にばらまかれたジャンクとしてとらえ、(ブルース・スターリングやルーディ・ラッカーなどの例外はあるものの)科学的・技術的な描写は重視されない側面がありました。しかし、スティーヴンスンはコンピューターや物理学ほか様々な科学的・技術的知識をつぎこんで、テクノロジーの描写を膨大かつ精細に行います。そこに様々な社会的・文化的実験のアイデアをつぎ込んで長大で複雑なプロットを織り上げ、コミック的な演出で味付けをします。いかにも私を含めたSFのコアの読者が喜びそうな作風です。テクノロジーと社会・文化を有機的に結びつける手法には、スティーヴンスンのジャーナリストとしての側面が反映されているともいえるでしょう。現在、アメリカでは彼はジャンルSFの作家というより、科学技術ジャーナリスト的な認知度の方が高いようです。これらの要素が凝縮されたSF作品が、表題通りバロック文学の手法を強烈に意識した『The Baroque Cycle』ですが、残念ながら未訳です。極私的には、『The Baroque Cycle』こそスティーヴンスンの最高作品だと思いますが。
一方、スティーヴンスンは作品が長くなりすぎて冗長になるという欠点も持ち合わせていました。ディテールを徹底的に書き込んでいくため、やむを得ない部分はあるのですが、日本語で読んでいると『クリプトノミコン』など長い長い。プロットを圧縮すれば半分くらいになりそうな物語がところどころ起伏がなくなりながら続いていくし、日本語に訳しても文章の冗長なところはやっぱり冗長だし。『The Baroque Cycle』が実はその最たる例で、文学的な虚飾・装飾を愉しめない読者にはかなりきつい作品です。私はそういう文学的な襞も好きなので全く構わないのですが。
今回の『七人のイヴ』においてもディテールの高密度な書き込みと分量の多さは健在です。しかし、これだけ遠大な未来史が邦訳で3冊に収まりましたので、スティーヴンスンとしては抑えめ(??)といったところでしょう。また、サイバーパンク的・バロック的な基盤の上に構築されてきた過去作とは異なり、『イヴ』は正統な(??)SFとしてリーダビリティも高く把持されています。ジャンルSFの読者だけでなく、SFジャンル外の読者にも一定の訴求力を有する作品だと思います。できれば次は『The Baroque Cycle』の邦訳刊行を望みたいところですが、邦訳するとあまりにも長くなりますし、『イヴ』よりも明らかに読者を選ぶ作品なので、日本語での出版企画は難しいかもしれません。
2、折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー
3、絶望する勇気 ―グローバル資本主義・原理主義・ポピュリズム―
折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5036)
- 作者: 郝景芳,ケンリュウ,牧野千穂,中原尚哉,大谷真弓,鳴庭真人,古沢嘉通
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2018/02/20
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絶望する勇気 ―グローバル資本主義・原理主義・ポピュリズム―
- 作者: スラヴォイ・ジジェク,中山徹,鈴木英明
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 2018/07/23
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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2018年はミステリと並びSFにおいても華文作品が大きな存在感を見せた1年でした。『折りたたみ北京』はケン・リュウが編んだ中国SFアンソロジーです。現代中国の風俗や世相を映し出すだけでなく、情景描写の美しさ、壮大なテーマ設定、精緻な科学的ロジックなどに優れた傑作のSF短編が揃っていて、現在の中国SFの莫大なエネルギーを感じることのできる1冊でした。今年はいよいよヒューゴー賞受賞の『三体』が訳されるので、日本における中国SFの熱がさらに高まることになるのでしょう。
さて、ここでジジェクをランクインさせたのは、『SFが読みたい!』で巽孝之さんが触れていらしたように、『三体』の批評が載っているためです。当ブログでたびたび取り上げているSR・OOO・NMをはじめとするポストヒューマン/ポストヒューマニティの現代哲学・思想が掲げるビジョンは『三体』もその一柱を成す21世紀のポストヒューマンSFと強くシンクロするものであり、かつてハラウェイのサイボーグ・フェミニズムとサイバーパンクがシンクロしたように、理論的な補完関係を成しうるものです。 SR・OOO・NMにおいてハラウェイが重要なアクターとして脚光を浴びていることを考えると、サイバーパンクまでを射程に入れたSFのポストヒューマン/ポストヒューマニティにおける先駆性を窺うことができます。両者を架橋した批評がもっと出てくることを期待したいのですが、やはりなかなか難しいか・・・。
4、洪水の年
本来なら海外文学の項に入れるべき作者であり作品ですが、ポスト・アポカリプスSFの傑作と判断してSFの項に入れました。《マッドアダム物語三部作》の2作目にあたりますが、独立して読むことのできる作品です。破滅へと向かう人類に蔓延する不安や恐怖を丹念に描き込んだ作品ですが、むしろ主人公の2人の少女が破滅におびえながらも日常を大切にタフに生きていこうとする姿に共感しました。
〈水なし洪水〉が押し寄せた人類の終末を描く──『洪水の年』 - 基本読書
- 作者: マーガレット・アトウッド,Margaret Atwood,畔柳和代
- 出版社/メーカー: 早川書房
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完結編『MaddAddam』では、更なる極限状況の中、人類の滅びの運命と再生を目指す抗いが交錯し、来るべき救済が語られていくのですが、未訳なのでネタバレは避けます。
5、世界の終わりの天文台
こちらもポスト・アポカリプスSFですね。amazonなどのレビューで語られているように、世界に主人公の老天文学者のみという状況は『渚にて』を彷彿とさせます。
しかし、静謐に絶望が描かれた『渚にて』とは異なり、『天文台』における老人と少女の交錯は人間的な温かさを伴って描かれています。また、物語の結末には(読者に委ねられたものですが)救いが内包されていて、爽やかな読後感につながっています。
【2018年とりあえず総括】
2018年もここ数年続いている良好な作柄は保たれました。また、長年の懸案だった批評理論とフィクションの架橋についても、ジジェクを読んでとりあえず満たされましたので、思弁的な充足もありました。例年通り多くの作品がランク外に零れ落ちる結果になりましたが、新規作家あり、中堅・ベテランの新作あり、古典の復刊や新訳あり、と全体に充実していて、やはりSFの豊穣はまだまだ続いていると感じさせる1年でした。
・・・表向きには。
思弁小説(スペキュレイティヴ・フィクション)的には、ベスト5に入れた以外ではいつもの通りバラードやイーガンがあったくらいで、2018年も今一つ物足りない1年でした。
日本のエンタテイメントの再生産のような作品を読まされても、エンタテイメントとしての強度が髙いとは思えません。
われらはレギオン 3: 太陽系最終大戦 (ハヤカワ文庫SF)
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ミステリとしての完成度がいまいちの作品に高い評価をつけるのはやめてもらいたいです。
昨年も同じことを書いた気がしますが、小説としての完成度が高くない作品をもっとバッサリやるべきです。結局、2018年もそんなことを思いながら海外SFを読んでいました。