otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2018極私的回顧その22 幻想文学

 まだ2018年が終わりません・・・。極私的回顧第22弾は幻想文学です。SF・ファンタジー作品の中でも幻想性・文学性が髙いと思ったもの、および文学・文藝作品で幻想性が髙いと判断したものを配しています。作品数が少ないので、内外の作品を取り混ぜて扱っております。また、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。

 

otomegu06.hateblo.jp

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SFが読みたい!2019年版

SFが読みたい!2019年版

 

 

【マイベスト5】

 

1、飛ぶ孔雀 

飛ぶ孔雀

飛ぶ孔雀

 

  何年も待ちわびていた山尾悠子の新刊はやはり傑作でした。プロットやストーリーはシンプルですが、作品全体に溢れる魔術・幻想・神秘のなんと甘美なことか。研ぎ澄まされた硬質で端正な文体の中をイマージュに満ちた表象が躍る世界のなんと豊饒なことか。この麻薬的な快楽に酔いしれることこそ、読書における究極の悦楽です。

 

2、十三の物語 

十三の物語

十三の物語

 

  ミルハウザーの作品は毎年取り上げていますが、定型のコメントを繰り返します。ミルハウザーは卓越した文章の技巧を持ちながら、表面的な空想性にとどまることなく、物語の主題である実存のあり方そのものに幻想性・空想性をまとわせることができる、稀有な作家です。amazonのレビューにもあるように邦題は『十三の物語』ですが、原題は『Dangerous Laughter: Thirteen Stories』であり、この本の主題はかつてのアメリカが有していた健全なシニシズムとユーモアだと思います。

 

3、夢のウラド : F・マクラウド/W・シャープ幻想小説

夢のウラド: F・マクラウド/W・シャープ幻想小説集

夢のウラド: F・マクラウド/W・シャープ幻想小説集

 

  刊行されたこと自体がある種の奇跡である労作です。女性名義フィオナ・マクラウドにおける耽美で切ないケルト・ファンタジーと、男性名義ウィリアム・シャープにおける精緻に研ぎ澄まされた怪奇・幻想。二つの色を有する物語りたちに耽溺しつつ、静謐な幻想に没することができる珠玉の作品群です。

 

4、オブジェクタム 

オブジェクタム

オブジェクタム

 

  どの項に入れるか迷いましたが、小説世界がいわゆる「奇妙な味」を醸し出しており、幻想文学と判断するのがもっともよいと判断しました。表題作「オブジェクタム」は、日常と非日常が絶妙に混交され、細密な描写がメタ的な世界を定立させている傑作です。しかし、もう一篇の短編は凡作で、構成のバランスを欠いたのが残念でした。

 

5、パリの片隅を実況中継する試み : ありふれた物事をめぐる人類学

パリの片隅を実況中継する試み: ありふれた物事をめぐる人類学 (フィクションの楽しみ)

パリの片隅を実況中継する試み: ありふれた物事をめぐる人類学 (フィクションの楽しみ)

 

  ペレックの実験小説における到達点の1つでしょう。往来の人々・建物・鳥・動物・看板や標識の文字や記号などを無機質に羅列していく手法はシュルレアリスムやダダの自動筆記を想起させるものですが、ペレックはその無機的な手法を脱自的な領域にまで突き詰め、実存や世界のありようを読者に開けー開いています。シュルレアリスム的な手法・想像力が現代の文学・文化においても未だ活性しうることの証左であるともいえるでしょう。

 

【とりあえず2018年総括】

 国内作品については山尾悠子が刊行されたことが全て。長年待ちわびた飢えと渇きが一気に癒されました。昨年の回顧では、幻想性を有するスリップ・ストリーム的な文学・文藝作品の出現を望む、などという戯けたことを書きましたが、やはり本物の幻想の前では些末な作品など蹴散らされるのだという、当たり前のことを再認識しました。

 海外作品については、ここ数年の堅調な翻訳状況が2018年も続いて、一定のエッジを有する作品がいくつか刊行されたので、悪くない作柄だったと思います。海外文学で書いたことの繰り返しになりますが、歴史を歪んだ視線で解する権力者たちが跋扈し、分断と差別が横行する中で、民衆に根差した歴史と言葉こそ重要であり、歴史について語る言葉も、歴史を受け止める私たち自身がもっと多様でなければなりません。そして、他者の歴史観を認める寛容さを持たなければなりません。2019年は欺瞞に満ちた為政者と現状に安住する(私を含む)群集に麻薬的な想像力を突きつけ、認識を転回させるような作品の出現を望みたいものです。