otomeguの定点観測所(再開)

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単孔類と南アメリカの有袋類

 先ほどのテキストの続きになりますが、科博「大哺乳類展2」で物足りなかったところを雑駁ですがまとめてみたいと思います。

【「哺乳類展」ではなく「有胎盤類展」】

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 ぶっちゃけた話、単孔類と有袋類の扱いが悪く、有胎盤類の展示ばっかりされていたのが気に食わなかったです。単孔類については「原始的な形態の哺乳類」という多分間違っていることが堂々と記されていましたし。有袋類については最初の哺乳類の分類のところでオーストラリアの有袋類がまとめて紹介されていただけで、有胎盤類に匹敵する有袋類の適応放散のことがほとんど記されていませんでしたし、南アメリカ有袋類についてはほぼ無視されているような状態でしたし。後でオポッサム類の顎の骨は出てきましたが、ちゃんと最初に有袋類の多様性や、オーストラリアと南アメリカ有袋類の違いについて触れるべきだったと思います。「哺乳類展」じゃなく「有胎盤類展」じゃねーかという鬱屈した独りよがりの思いを抱きながら、会場を後にしました。

 

【単孔類は「原始的」ではなく「別系統」】

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カモノハシ目 - Wikipedia

カモノハシ - Wikipedia

ハリモグラ - Wikipedia

 カモノハシとハリモグラからなる単孔類は現生種が全部で5種います。全てオーストラリアに分布しており、哺乳類の中でも最も原始的な特徴を有するグループであるとされることが多いです。現生の哺乳類の中では唯一の卵生であり、有袋類や有胎盤類に比べて恒温動物としての体温調節機能が発達しておらず、赤ちゃんを育てるのにミルクは出しますが乳腺はありません。これらの特徴が単孔類が原始的であるとされる理由でしょう。

 しかし、そもそも進化において原始的な生物など存在しません。全ての生物がそれぞれの進化の道を辿って現在の形態に行きついており、全ての生物が進化の枝の先にいるのですから、生物を上から目線で原始的と称することはナンセンスです。

 また、卵生か胎生というのは生殖の形態の違いに過ぎず、どちらが優れているとか進化しているとかいうものではありません。胎盤は哺乳類の特徴ではなく、哺乳類の中の有胎盤類の特徴であり、胎盤の有無は哺乳類の定義とは特に関係ありません。そして、胎盤は哺乳類以外でも繰り返し発生しています。別に胎盤は哺乳類の専売特許ではありません。

魚類が「胎生」になるために獲得した仕組みの一端を解明 — 京都大学

http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2014/documents/150119_1/02.pdf

第3回 共食いも胎盤も! サメは「繁殖様式のデパート」 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

サメの生殖Ⅱ 卵生と胎生 – The World of Sharks

完全な胎盤を持つトカゲ : 5号館を出て

原始爬虫類の腹に胎児 「進化史書き換える」化石、中国で発見 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

 体温調節機能や乳腺についても、それらがなくても十分事足りるから進化してこなかっただけの話でしょう。有胎盤類と形態や機能が違うから単孔類を原始的だと称するのは、人類が進化の頂点にあるという錯覚に基づいた短絡に過ぎません。

 では、単孔類はどのような位置づけとするが正しいのでしょうか。1999年、マダガスカルで単孔類の祖先と目されるAmbondro mahaboの化石が発見されました。まだ有胎盤類や有袋類が出現する以前のジュラ紀前期の化石であり、どうやらこいつが単孔類の起源とみて間違いないようです。現在の有袋類と有胎盤類は切る機能とすりつぶす機能を共に備えた臼歯であるトリボスフェニック臼歯を持っていますが、単孔類にも同じような臼歯があります。そのため、単孔類は有胎盤類・有袋類と同じ系統だと考えられてきました。しかし、Ambondro mahaboが属する南楔歯類は同じ機能の歯をすでにジュラ紀前期に獲得しており、単孔類の臼歯はそれを受け継いだものだというのが分かったのだそうです。単孔類は有胎盤類や有袋類とは別系統の、南楔歯類に連なる哺乳類なのだそうです。哺乳類は我々有胎盤類が考えるよりも広範な分類群なのでしょう。

アンボンドロ、マダガスカルで見つかったカモノハシやハリモグラの祖先

Ambondro mahabo - Wikipedia

 

南アメリカ有袋類

 南アメリカ有袋類と、オーストラリアにいたと思われる有袋類に敗れた有胎盤類については、既に当ブログで記事にしております。

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 上のリンク先で以前書いたことのおさらいですが、有袋類と有胎盤類はほぼ同時期に出現したという見解を当ブログでは採用しております。有袋類と有胎盤類は新生代の初期には全世界的に分布していましたが、環境要因などのため主に北半球(ユーラシア・北アメリカ・アフリカ)では有胎盤類が生き残り、南半球(オーストラリア・南アメリカ)では有袋類が生き残り、共に適応放散をしていきました。有袋類アメリデルフィアとオーストラリデルフィアに分けられるのは、南半球における地理的隔離の影響のようです。しかし、チロエオポッサムのようにオーストラリデルフィアでありながら南アメリカに生息している種もいます。どうやら新生代半ばまでは南極大陸を通じてオーストラリアと南アメリカはある程度行き来できたようです。

チロエオポッサム - Wikipedia

 その後、オーストラリアでは人類の進出まではコウモリを除いて有胎盤類の進出がなかったので、有袋類が適応放散をして繁栄しました。

 一方、南アメリカでも有袋類が適応放散して繁栄していましたが、300万年前にパナマ陸橋によって北アメリカと南アメリカがつながると、多くの有胎盤類が南アメリカに進出しました。そして、多くの有袋類が有胎盤類との競争に敗れて絶滅したため、やはり有胎盤類は有袋類より優れている、生物的優位にある、という見解がささやかれることもあります。

 しかし、オポッサムは生存競争に勝ち残り、さらに種類を増やして北アメリカにまで進出しています。有胎盤類の方が有袋類より優れているというなら、オポッサムが繁栄している理由の説明がつきません。結局、有胎盤類と有袋類はどちらが優れているというものではなく、環境要因などでその優劣はくるくる変わるのだと思います。

 

 日本では単孔類や有袋類の研究があまり盛んではなく、哺乳類について語るときに有胎盤類を優位とする見方が一般的である気がします。有胎盤類に劣らず魅力的である有袋類について、もっと熱く語る研究者が出てきて、どんどん出版や展示などがなされてほしいものです。 

有袋類学 (Natural History Series)

有袋類学 (Natural History Series)

 
有袋類の道―アジア起源説に浮かぶ点と線

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