2019極私的回顧その9 本格ミステリ(海外)
多忙のためなかなか進んでおりませんが、ようやく極私的回顧に手を付けます。さぼり気味の場末ブログですが、飽かずお付き合いいただければ幸いです。極私的回顧第9弾は本格ミステリ(海外)です。ここからはしばらくミステリのテキストが続く予定です。
いつものことですが、テキスト作成のため『このミス』ほか各種ランキング、およびamazonほか各種レビューを適宜参照しています。
2018極私的回顧その3 本格ミステリ(海外) - otomeguの定点観測所(再開)
2017年極私的回顧その3 本格ミステリ(海外) - otomeguの定点観測所(再開)
2016極私的回顧その3 本格ミステリ(海外) - otomeguの定点観測所(再開)
【マイベスト5】
1、メインテーマは殺人
昨年の極私的回顧では『カササギ』にアンフェアな部分があるといちゃもんをつけ、エンタテイメント小説の項に回しましたが、今年は文句なしです。主人公のミステリ作家が探偵役として犯罪に真摯に向き合った記録であり、前作同様、出版業界の内幕や主人公の作家としての苦悩・自己言及などが物語を補強しています。それらすべてのピースが読者に対してフェアプレーとして提示されながら、メタと現実の接点が見いだされて被虐的なジョークのように開示されるラストは実に悪趣味。本格ミステリが現実から乖離しているがゆえに現実に着地するというアクロバットが素晴らしい。このような知的刺激があるから本格ミステリは面白いのです。
2、雪が白いとき、かつそのときに限り
少女たちの関係がリリカルに描かれることによって、青春小説としての痛々しく瑞々しい側面とともにホワイダニットとしての構造が作り上げられるという、堅固にして鮮やかな構築が見事。少女たちの懊悩と本格ミステリを融合させた、海外ミステリのトップというよりは、日本の新本格の系譜を正統に受け継いだ百合小説です。こんな作品をポケミスで読む時代がくるとは・・・。
3、黄
こちらも新本格の系譜に属する華文の青春ミステリです。作品冒頭で叙述トリックであると見せかけて読者を罠にかける大胆さが実に素敵です。謎を構成するピースたちが徐々にに浮かび上がってきて、やがてそこに叙述トリックもきちんとはまるので、作品全体の整合性はとれています。キャラクターの描き分けや若書きの文章にはまだまだ青さも漂いますが、挑戦的な作者への期待値も込めてこの位置に置きます。
4、ディオゲネス変奏曲
収録短編の中には、本格ミステリではないもの、本格としてつくりの甘いものも混じっていますが、エンタテイメント小説の項に回すとランキングから漏れてしまうので、ここに置きました。本格ミステリが中心ですがバラエティに富んだ短編集であり、作者の実験精神、偏ったミステリ愛、オタク精神などが随所に見られ、読者にサプライズを届けようとするサービス精神の高さも魅力です。
5、思考機械【完全版】
もちろん新作ではありませんが、これを出版した労に敬意を表してランクインさせました。単行本未収録の作品も多く、クラシック・ミステリのファンとしては手元に置いておきたい2冊です。最大の見どころは注釈であり、初出の新聞・雑誌や版ごとの異同、翻訳の履歴などを事細かに調べ上げた精細なデータは大変な労作です。
【とりあえず2019年総括】
ホロヴィッツは別格として、2019年に楽しんだ作品を順に並べていったら、新本格の系譜を受け継ぐ華文ミステリでベスト5が埋まってしまいました。今や新本格の系譜は極東に広く伝播し、アジア・ミステリとして一大ミステリ文化圏(??)を構築しつつあります。2020年も瑞々しい華文新本格の出版が続くことを期待したいです。
ここまでは新本格ファンとしての表面的(??)な評価ですが、少し視座を変えてみます。
日本のミステリ界は新本格の徒が多く(私もそうですが・・・)、華文ミステリに好意的な反応をしています。しかし、まだまだ日本の新本格の再生産の枠を出ていません。そして、類型的なキャラクター造型、ケレン味に走って過度にひねった文体、稚拙な心情描写、テーマ性の浅さ、世界設定の薄さ、そもそもの文学的想像力の不足など、(他ジャンルの視座から映る)新本格の弱点をそのまま受け継いでおり、エンタテイメント小説としての普遍性や強度が高いとは思えません。そんな再生産の作品群を面白いと奉るのは、所詮、文学性に劣るミステリ界の自己満足に過ぎません。
2020年は少し頭を冷やして、英米欧の現代本格やクラシックをもう少しきちんと評価することにします。年度の最後にどうなっているかは分かりませんが・・・。