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『鳥の歌いまは絶え』短評

 紙の本が届くのを待ち切れず、発送遅延もあるそうなので、電子書籍で読了。とりあえずレビューをあげちゃいます。以前複数回読んでいる作品なので、すっと読めました。サンリオ版が家のどこかにあるはずなんだけどみつからない・・・。でもとりあえずやはりウィルヘルムは甘美なり。

   

 

鳥の歌いまは絶え (創元SF文庫)

鳥の歌いまは絶え (創元SF文庫)

 

  ウィルヘルムの作品の中でも最も濃密。そう称するのが適切でしょう。ネタバレを極力避けながら進めますが、踏み外した段にはご容赦を。3本の中編が年代記的に並べられている構成で、それぞれが独立した物語です。しかし、連携している要素がいくつもあるので、タペストリーのつくりをひもといていく愉しみがあります。

 物語の背景である川・谷・森などの美しい自然描写は、本書執筆当時の1976年という時代背景、核戦争や環境破壊の影を色濃く映しているのでしょう。その他に、人類滅亡の危機=ポストアポカリプス、旧人類とクローンたちの相克、クローンの子供たちのボーイ・ミーツ・ガールと性愛、自我を獲得して人類として成長していくクローンなどなど・・・。今となっては手垢のついたテーマや素材の集合ですが、各ピースがきっちりはまりかつウィルヘルムの手にかかると、普遍性を有するフェミニズムSFそしてスペキュレイティヴ・フィクションとなります。ある程度原文と対置しながら読んでみましたが、酒匂真理子の翻訳も原文の雰囲気をきちんと伝える、力あるものです。

 極私的には、この物語はクローンたちのボーイ・ミーツ・ガールそして成長の物語として紐解きたいところです。コミュニティにとって自我に目覚めた少年少女は異物であり排斥の対象です。彼らは人間として戦うことで尊厳を守らなければなりません。人間として考えることをやめた大人たちの恐ろしさと空虚さは、思考停止状態にある21世紀の日本に通じているかもしれません。

 世界の終末が意識され、死と滅亡が否応なく迫りくる世界において、ウィルヘルムは「限られた時間」という主題を物語全体に通底しています。現在と過去を入れ子にして複雑な語りが行われ、クローンたちの社会の衰亡が語られ、そしてあとがきにもありますが登場人物たちがオルフェウス的な想像=創造力で自然と人間およびクローン社会を並置することで人類種の破滅と再生が切々と謳われ。人類に排斥されたクローンたちが旧人類を排して新しいコミュニティを打ち立てながら、そのコミュニティでまた守旧化したクローンたちが新世代に排される。一見空虚な連環が訥々と鋭利に紡がれますが、最後に訪れるささやかながらも清々しい救い。私はこの小説をハッピーエンド、再生へ向かう物語だと解釈したいです。

 繰り返しますが、やはりウィルヘルムは甘美なり。