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『日本橋本石町やさぐれ長屋』短評

 レビューの時期が遅れましたが、3月に発売された宇江佐真理さんの時代小説の連作短編集のレビューになります。以前、単行本で出ていたものですが、良作なので改めてテキスト化します。

  

日本橋本石町やさぐれ長屋 (講談社文庫)

日本橋本石町やさぐれ長屋 (講談社文庫)

 
日本橋本石町やさぐれ長屋

日本橋本石町やさぐれ長屋

 

宇江佐真理 - Wikipedia

 宇江佐真理の最新の文庫化作品になりますね。亡くなったのが2015年なので、文庫化されていない作品も少なくなってきた気がします。宇江佐真理の時代小説といえば、義理人情の機微、人と人との交わりのあたたかさなど、庶民の日常の営みの中にささやかな救いや癒しを見出して、ほろっとなる。不器用ながらも一生懸命生きる、まっすぐな登場人物たちが、仕事など現代の諸事で疲れた心を優しく解きほぐしてくれる。そんなイメージです。まあ、私の場合、時代小説については仕事のストレス解消用に人情物を読むことが多いので、似たようなテイストの作品ばかりになってしまうんですが。

 作品の舞台は、日本橋本石町(ほんこくちょう)の長屋・弥三郎店。今回の登場人物たちも不器用で憎めない人物ばかり。一本気で武骨すぎてなかなか嫁のなり手が見つからない若い大工とか、気になる人につい意地の悪いことを言ってしまう莨屋(たばこや)で働く娘さんとか。一方で、「みそはぎ」のおすぎと喜助のように現代のストーカーみたいな話も出てきて、愉快一辺で終わらず、江戸の世間の光も影も見せてくれるのも、憎いところです。

 困ったときにお互いに助け合い、遠慮やわだかまりなしに物を言い合う、まっすぐであけすけな長屋の住人たち。通称「やさぐれ長屋」ですが、コロナ禍において飛び交うねじ曲がった振舞いや言動を見ていると、やさぐれてダメになっているのは今の日本人じゃないかという気がします。