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ベルンハルト・シュリンク『オルガ』短評

 今回のレビューは、先月発売されたベルンハルト・シュリンクの小説です。

  

オルガ (新潮クレスト・ブックス)

オルガ (新潮クレスト・ブックス)

 

  『オルガ』は1人の女性の人生を描いた恋愛小説であり歴史小説であり政治小説です。主人公・オルガはポーランドの農村の生まれ。独立心の強い女性で、苦労して勉強しながら学校の教師として自立した人生を送ります。しかし、恋仲になったヘルベルトが世界のあちこちに冒険旅行に出かけた末、やがて音信不通になります。オルガは独身としての体を保ち、自分の子供を友人にこっそり託します。やがて第2次世界大戦が始まり、彼女はソ連軍に追われるようにポーランドを脱出し・・・というのが第1部のあらまし。その後、第2部ではハイデルベルクに落ち着いたオルガと周囲の人々との交流が描かれ、第3部ではオルガが行方不明となった恋人に宛てた手紙が並べられ、戦後の彼女の人生が綴られます。

 恋愛小説としては、自立心を持ったフェミニストであり、一人の男性を生涯想い続けたオルガの一途さ・純粋さが魅力でしょう。歴史小説としては、主人公の視点から見た第2次世界大戦および戦後の東西ドイツの激動が興味深いです。

 しかし、私はこの小説を政治小説として解したいと思います。オルガはリベラルなフェミニストであり、社会民主党支持者です。しかし、彼女の視座に立てば、大国を言祝ぐ国家主義や安易な国威発揚が無用な戦争を招くのであり、熱情に駆られて無謀な行為に走る男たちはみな同じ姿に映ります。恋人・ヘルベルトも、ビスマルクも、ナチスヒトラーも、世界大戦の他国の指導者も、戦後ドイツのベトナム反戦運動も、EUへ向かう欧州統合も、身の丈に合わない大きなことを望む点ではみな変わらないのです。今や現実にはドイツの社会民主党も日本のリベラルもすっかり退潮し、オルガが告発する国家主義国威発揚が跋扈する有様です。もはや悪趣味なコントでしかない日本の政治状況を冷笑しながら、私はこの本を閉じました。