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『クレメント・アトリー』短評

 しばらく間が空いてしまいましたね。今回のレビューはイギリス労働党、クレメント・アトリーの評伝です。

  

クレメント・アトリー - Wikipedia

 第2次世界大戦下、戦時を戦い抜いたリーダーであるウィンストン・チャーチル。戦争を戦い抜いた英雄としてチャーチルを賛美するのみだと、なぜ戦後間もなく選挙によって保守党が退場させられたのか、その理由を見失います。そこで労働党、クレメント・アトリー。彼の貴重な評伝として非常に興味深い本です。

 アトリーの政治家としての道程と当時の国際情勢にはもちろん毀誉褒貶と表裏があるので、アトリーを全面的に賛美するわけではありません。パレスチナ対応では後手を踏み、インド・パキスタンでも対応に窮するなど、国際舞台におけるイギリスのプレゼンスを低めて時代をアメリカに譲ることになった外交下手。また、寒波の対応に苦心して大戦でダメージを受けたイギリスをさらに疲弊させた。負の側面はいくつも挙げられます。

 しかし、リベラルによる安定政権の基盤を作り上げた実績は素直に評価すべきところでしょう。組織力・団結力に欠け、めいめい勝手なことを謳っていた当時の労働党において、アトリーは調整と組織の強化に奔走しました。己の信念やイデオロギーの軸と向き合い、必要な妥協を行いながらも、集めた頭数をいかに結束させ、選挙で勝てる組織へを持っていくのか。アトリーの苦難の道程は、いまだ分裂と統合を繰り返す日本のリベラルにいい証左となるはずです。

 大戦によって荒れ果てたイギリス国民の生活を立て直すため、アトリー・労働党が打ち出した「イギリス社会主義」の政策。社会保障の拡充、産業の国有化、省庁組織の再編、植民地の独立、弱者の権利拡充など。現実の政治・経済状況に向き合いつつ、民主主義をベースに労働者を守る施策を打ち出すことは、そもそもマルクスエンゲルスが掲げていた理念であり実行です。旧社会主義諸国や中国・北朝鮮は独裁と圧政に走った社会主義という名の疑似ファシズムに過ぎません。社会主義の理念を正統に受け継いでいたのは西欧であったというのは、何とも皮肉なことです。

 トランプ、プーチンなど独裁を掲げるリーダーが幅を利かせて「自国第一」なる空想を謳い、日本においては仮病のあべちゃん(劣化版ヒトラー)からガースー(劣化版ゲッベルス)への政権禅譲が粛々と行われ、指導者たちの(海外においては)誇大妄想化と(日本においては)劣化&小物化が一段と進み、またファシストたちへの対抗としてアメリカの「プログレッシブ」に代表されるリベラルの歪んだ尖鋭化も進行する21世紀現在、確たる政策と信念とイデオロギーを有する政治家として、クレメント・アトリーを再評価することは、このコロナ禍にあってこそ意義を持つといえるでしょう。