otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2020極私的回顧その16 国内文藝

 極私的回顧第16弾は国内文藝です。いつものお断りですが、テキスト作成の際にamazonほか各種レビューを参照しています。

 

2019極私的回顧その16 国内文藝 - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2018極私的回顧その10 国内文藝 - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2017年極私的回顧その10 国内文藝 - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2016極私的回顧その10 国内文藝 - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

 

1、おおきな森 

おおきな森

おおきな森

 

  すでに当ブログでレビュー済みですね。再掲します。

 作中で提示される3つの世界が絡み合い、表題の「おおきな森」のごとく物語に繁茂する傑作です。

 1つ目の世界では、作者に大きな影響を与えた中南米文学の巨人たち、ガルシア・マルケスボルヘスコルタサルが登場。彼らが乗った列車内で女性が海で溺死するという怪事件が発生し、奇想が飛び交う推理ゲームが始まります。

 2つ目の世界では、坂口安吾が兼業探偵として行方不明となった高級ガールの捜索を行います。

 3つ目の世界では、京都在住の作家「私」が登場。「私」の夢想の内に、イーハトーブ宮沢賢治満州国石原莞爾、そして満州で現地の人々を実験動物のごとく扱った「私」の伯父が登場し、賢治の理想、満州という偽りの楽土、および戦争が混沌と混ざり合います。そして満州があふれ出た混沌が日本海を越えて南進し、アジアを覆う「おおきな森」のビジョンが形成されます。

 そして、ここにさらに前2つの世界が重なり合い、「おおきな森」は世界史及び人類史を貫いて、時空を超えた巨大なタペストリーとして織り上げられていきます。圧巻のスケールと乱れ飛ぶ奇想とはじけ飛ぶような短文の古川節。言語以前の言語、思考以前の思考を呼び覚ます、シュールリアルな自動筆記のような古川節のリズム。世界の文学に範をとった借り物の世界文学ではなく、世界そのものを創造することに成功した文字通りの世界文学。作者の苦闘と苦悩が刻印された、古川日出男の最高作品です。

  古川日出男『おおきな森』短評 - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

 

2、推し、燃ゆ 

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

 

  いわずと知れた芥川賞作品。デビュー作『かか』で描かれたのは、主人公の内部で自身とと母親が融解して主人公が自身の生を見失い、解読不能にも思える私的言語を他者に自己に散種することで徐々に自身の語りなるものを形成しそして自身を再形成していく、そのプロセスを丁寧に見つめること。『推し、燃ゆ』で描かれたのは、愛するアイコンに自身の全てを傾けて鈍重な己を叱咤することでのみ自我を保ちうる、もろく不安定であるがゆえに/しかしタフな自己選択を続ける主人公の姿。苦しみ引き裂かれながらも自らの生を構築する人々の姿は、WEB上の虚像や自身が有する幻影や狂気と隣り合わせでありながら実存の基たりうる身体に着地しており、若書きにとどまらない宇佐美りんの強く鋭利な筆力を感じさせます。 

かか

かか

 

 

3、ピュア 

ピュア

ピュア

 

  こちらもレビュー済みですね。再読しましたがやはりSFやファンタジーではなく文藝サイドで取り上げて評価すべき作品です。

 まず、SF者視点から見たネガティブな評価を並べます。インパクトに欠け、ジェンダーSFとしての鋭利さは特にありません。ディストピアの設定も描写もキャラクター造型もありきたり。短編のプロットもまあ月並み。作者がSFやファンタジーのガジェットを使い慣れていないことがありありと分かる、SFという衣をまとってジャンルの端にひっついているだけの作品です。note上で大反響を呼んだとのことですが、SFに対して無理解な読者のカウンター数が積みあがっただけにしか思えません。

 ・・・ジャンル小説視点で評価してしまえば。

 評価軸を変えます。この作品はSFではなく文藝サイドから評価すべき作品です。作者が自己の表現形式を追い求めた末にたどり着いた世界がSFでありファンタジー。その舞台設定を借りて、ディストピアとして内なる叫びを現出させた作品たち。文藝としての思弁の強さなら、この短編群はかなりのものです。

 婚活を迫られる商品化された女性、子供を持ちたいという願望とリスクへの怖れと周囲からの有形無形の圧力、そして容赦なく人間の記号化を推し進める同調圧力、女性を平然と記号的な性的消費に追いやる無慈悲で無神経な男性の性欲などなど、現代社会において作者が感じる生きづらさや問題意識が、SF・ファンタジーという舞台を用いたがゆえにかえってストレートに開けひらかれている。そんな感じがします。

 そして、作者が信じる純粋な愛、女性と男性のピュアな交わり、一見少女マンガの世界でもありそうにない理想です。相手を完全に信頼して心身ともに委ねる、作者が信じたいと願うピュアな心情=信条で短編が締められ、清々しい読後感を残します。これを男性視点で両断するのは簡単ですが、私は文藝の読み手として作者の繊細な感性を受信できるもろさを持っていたいと思います。

 決して洗練された傑作ではありません。しかし、間違いなく読む価値のある作品です。

 小野美由紀『ピュア』短評 - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

 

4、落葉の記 

落葉の記 (文春e-book)

落葉の記 (文春e-book)

 

 勝目梓といえばエログロなバイオレンス小説の巨匠ですが、その遺作は飾ることのない老いを綴った日記文学です。日々起こる目の前の凡事雑事をありのまま軽重なく受け止め、受け入れること。志操や感情が挟まることもあれば挟まらないこともありますが、それらもまた気ままに日めくりを繰るような自然体。淡々とした連なりは突然の絶筆で閉じられます。私自身の家族を介護した経験とも重なり、強く惹かれた作品になりました。

 

5、会いに行って 静流藤娘紀行 

会いに行って 静流藤娘紀行

会いに行って 静流藤娘紀行

 

  笙野頼子私小説の師と仰ぐ藤枝静男に捧げた評伝ならぬ私小説ならぬ師匠説であり、師匠との文学的対話と自身の文学的実践。師匠に対する畏怖と偏愛と経緯がどかどかとばらまかれた、笙野頼子らしいエッジのきいた覚悟の一品です。天皇制をネタとして料理し、師匠の作品を紐解きながら世界文学で空中戦を展開し、笙野頼子をとりまく現在及び言説をアジり。さりげなく、否、露骨に自分の宣伝も織り交ぜるところが笙野頼子の油断ならぬところでしょう。

藤枝静男 - Wikipedia

 

【2020年とりあえず総括】

 世間に転がる無数の醜いこと痛ましいこと悲しいこと分からないことおぞましいことども、これら無謬の圧力に対する自衛としての鈍感さ。速度と情報に圧迫された現在を生きていかねばならぬことの苦痛と悲鳴。しかし、過去の堆積の上に盛られた現在という時間に、いま・ここに・あるという感覚をテキスト化し物語化する亡霊の一群。それら不確かでありながら確かである若い作家たちが文藝シーンをかき回してくれた2020年は、一読者として見れば幸福な情況であったのでしょう。

 宇佐美りんを筆頭に、活字離れなるクリシェとは無縁のデジタルネイティブたちが綴る言説は、情報にまみれ消耗した現在および日常にリアリズムや夢想や奇想を潜ませ、心地よいうめきとうねりを与えてくれます。老化して機能不全を起こしている社会=世界の諸々に対する透徹したまなざしと健全なシニシズム。集散し越境し集合知をなすこれら=彼らの運動体が2021年も駆動してくれることを祈ります。