otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2020極私的回顧その27 SF(国内)

 極私的回顧第27弾は国内SFについてのまとめです。毎度のおことわりですが、SFにジャンル分けできるものでも、作品によっては近接ジャンルのファンタジー幻想文学などに配置している場合があります。また、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。

 2019極私的回顧その27 SF(国内) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2018極私的回顧その19 SF(国内) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2017年極私的回顧その19 SF(国内) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2016極私的回顧その19 SF(国内) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

 

SFが読みたい! 2021年版

SFが読みたい! 2021年版

  • 発売日: 2021/02/10
  • メディア: ムック
 

 

【マイベスト5】

1、ツインスター・サイクロン・ランナウェイ 

  百合SF短編の長編化ですが、真芯でとらえたリーダビリティの高い軽快な冒険SFです。社会的に圧迫される世界を二人の協力でぶっちぎっていく姿は非常に爽快。2020年、後述しますが極私的には不振だった日本SFの中で最もスカッと読めたエンタテイメントであった、この作品を1位に推します。

 

2、イヴの末裔たちの明日 

イヴの末裔たちの明日 松崎有理短編集 (創元日本SF叢書)
 

  2020年に読んだ国内SFの短編集ではこの本がベストだったと思います。松崎有理独特の世界観は健在で、脱力感やウィットにとんだ話もあり、バラエティに富んでいます。昨年、リモートワークや売り上げを確保しながら自分の給料確保に奔走した1年を思い返すと、AIの普及とベーシックインカムにまつわる話には身につまされるものがあります。この作品群をSF界隈はもっと評価すべきでしょう。

 

3、現代北海道文学論―来るべき「惑星思考(プラネタリティ)」に向けて 

  文学の視座から諸々の情況に対して打ち返し、北海道という周縁に徹底して軸足を置いてこだわった、愚直で不器用ながらも膂力のある論集です。SFのジャンルで評価しましたが、詩歌や歴史まで取り上げられている題材は多彩です。岡和田晃の本はてんこ盛りになることが多いのですが、これはコンパクトに読めるので、入門(??)としていいかもしれません。

 

4、ノトーリアス グリン ピース 

ノトーリアス グリン ピース

ノトーリアス グリン ピース

  • 作者:田中 さとみ
  • 発売日: 2020/11/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 語間や行間に描写の飛躍を配し、身体的言語から遊離する。リズムや文体の変化をつけながら、余白=空白をうまく使って読者の琴線に触れることで、SF的想像力の駆動に成功しているSF詩です。PKD的な現実崩壊感覚とディストピアの活写はSFの読者にこそフィットするはず。

 

5、ティンカー・ベル殺し 

ティンカー・ベル殺し (創元クライム・クラブ)

ティンカー・ベル殺し (創元クライム・クラブ)

  • 作者:小林 泰三
  • 発売日: 2020/06/30
  • メディア: 単行本
 

  先月の《SFマガジン》で追悼特集が編まれていましたね。多くの方が述べていらっしゃる通り、あまりにも早すぎる死。もっともっと小林泰三の一筋縄ではいかない独特の世界を味わっていたかった。改めてご冥福をお祈りします。

 

【とりあえず2020年総括】

 不作。

 この一言で終了です。2018年の総括コメントでは今後への期待を高らかに記し、2019年のコメントでは国内SFの小説としての完成度に疑義を呈しましたが、2020年はストレートに不作と述べておきます。作家の数は出揃い、新しい作家の供給もあり、作品数も出ていて、SF界隈での評判も良く、引き続き日本SFの夏が続いていると叫ばれています。しかし、若手を含む既存の作家が自分の芸風の縮小再生産に陥り、新しい作家も既存の想像力の枠を突破できず、多くの作品がSF界隈では称賛されても複眼的に読解すると小説やエンタテイメントとして高い強度・完成度とはいいがたい。挙句、百合だのフェミだの特殊設定ミステリだの他ジャンルからのアイコンを取り込んでSFというジャンルを拡張している気になっている。薄っぺらく思えてしまうのは私だけでしょうか。

 ゼロ年代、日本SFが駆動したのは伊藤計劃円城塔といった強力な作家たちがジャンルの骨格を固めつつ周辺に激しく伝染していったからでした。しかし、今の日本SFにはジャンルの骨格となる作家が見当たらず、SFが他ジャンルを半ば無理に取り込んでSFの拡散=拡張を企図している印象が強いです。

 解決策は簡単です。骨太なSFとしての骨格と思弁を有した作家・作品がジャンルSFを牽引すればいいだけです。2021年、大きな転回が起こってくれると面白いのですが。