2020極私的回顧その29 ファンタジー(国内)
極私的回顧第29弾は国内のファンタジーについてのまとめです。アダルト・ファンタジーと児童文学のファンタジーのまとめであり、ライトノベル・ファンタジーはライトノベルの項に入れています。また、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。
2019極私的回顧その29 ファンタジー(国内) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
2018極私的回顧その21 ファンタジー(国内) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
2017年極私的独白その21 ファンタジー(国内) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
2016極私的回顧その21 ファンタジー(国内) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
【マイベスト5】
1、水使いの森
2020年度、1位に推すのは第4回創元ファンタジイ新人賞受賞作にあたる、こちらの作品です。当ブログでレビュー済みなので、再掲します。
『水使いの森』短評 - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
良作です。練り込まれた砂漠の国の世界設定、魔法の術式の精緻な設定と、「式要らず」の妙、魅力的な主人公の双子姫、サブキャラクターの立ち回り、ファンタジーに併せて調えられた薫気ある文体、疾走感のあるストーリー、そして適切な紙数で物語をまとめる筆力。などなど、多彩な魅力にあふれたハイレベルなアダルト・ファンタジーです。本格ファンタジーを書く資質を持った、有力な作家の登場ととらえていいと思います。
難点をあげるとすれば、奥行きのある世界設定に対して紙数が少なく世界のうわべをなぞるだけで終わってしまったことと、双子姫の片割れについてもう少し掘り下げがほしかったことですか。ただ、デビュー作でボリュームに制限があったであろうことを考えると、これらは致し方ないところでしょう。シリーズ化してこの世界の奥行きを書き込んでいけば解決できる問題ですが、次回作はどうなるのやら。
日本のアダルト・ファンタジーは作家層も読者層も非常に薄く、幻想の香をまとわせる本格ファンタジーを書ける、核となる作家が少ないのが実情です。また、他ジャンルに比べて新人賞も少なく、新人作家の供給が限られています。そのような中にあって、創元ファンタジイ新人賞は貴重な新人供給の口でした。休止となってしまったのが非常に残念です。しかし、この賞の出身者の動向は引き続き注目していかなければならないでしょう。
2、約束の果て 黒と紫の国
こちらも日本ファンタジーノベル大賞受賞の新人作品です。伝承と偽史に記された、正史にない2つの国を巡る物語です。真実を追求する研究者たちの姿と、2つの国の王子王女が繰り広げるボーイミーツガール、現代と古代の視座が交差しながら古代の国の姿が復元されていきます。重層に疾走するプロット、瑞々しい少年少女の姿、堅牢に構築された架空史、そして物語後半で立ち上がるSF的奇想などなど。多彩な魅力をたたえた膂力溢れる作品であり、こちらもジャンル・ファンタジーの核を担いうる魅力的な作家の登場といえるでしょう。
3、小さき者たち
粕谷知世、10年ぶりの復活は、進化=深化した異世界ファンタジーの佳作でした。主人公の3人の少年が雨乞いの生贄となる存在を巡り、生者と死者、大いなる存在者と対置された人間など、様々な葛藤と向かい合いながら成長する物語です。少年たちはそれぞれにやるせなく辛いラストを迎えますが、それらもまた異世界を描くうえで必要なリアリズムと解すればいいでしょう。
4、ソナンと空人
カテゴリー上は異世界転生ものに含まれますが、類型的な物語に終わらないところがさすが沢村凜。前半は堅実な内政の描写やボーイミーツガールですが、後半は罪の清算を主題とした一気呵成の展開になり、多くの読者が予想できなかったであろう圧巻の大仕掛けが繰り広げられます。フラッシュバックする過去と自らの罪に苦しみ、権力争いや情愛に翻弄され、紆余曲折しながらも理想を追い求め続ける主人公の成長。重厚さにおいては『黄金の王 白銀の王』を上回っており、現時点での作者の最高作品といっていいでしょう。
5、お庭番デイズ 逢沢学園女子寮日記
すみません。どう見てもジャンル・ファンタジーの作品ではないのですが、児童文学作品を評価しようとするとここに置くしかないので、割り込ませました。
少女小説の新たなる傑作です。ハイテンションでドタバタでおバカな文体に撹乱されることなかれ。めちゃくちゃ面白いプロットが突っ走り、すさまじい大所帯の登場人物がちゃんとキャラ立ちして書き分けられ、学年ごとのカラーもしっかり表現。合間合間に出てくる部活・趣味・勉強・どうでもいい興味などの細部も念入りに描写されており、堅牢な構成の小説です。ポップな文体も読み込めば写実的・活写的で理にかなっていることが分かります。この作家を今まで未読だったのは明らかに私の不勉強です。児童文学をもっと読まないとだめですね。
【2020年とりあえず総括】
海外ファンタジーに続き国内ファンタジーでも、異世界ファンタジー、ハイ・ファンタジーを中心に良作が相次ぎ、久しぶりの豊作でした。2019年の回顧で作家の層が厚くなってほしいと書きましたが、魅力的な新人の登場や、久しぶりの実力者の復活などがあり、ジャンル全体が盛り上がったような印象です。あとはエブリデイマジックでもう少し面白い作品を読みたかったところですが、これは児童文学の読書量を増やさないとカバーできないので、私の自助の範囲ですね・・・。