2020極私的回顧その30 幻想文学
極私的回顧第30弾は幻想文学です。毎年同じことを書いていますが、SF・ファンタジー作品の中でも幻想性・文学性が髙いと思ったもの、および文学・文藝作品で幻想性が髙いと判断したものを配しています。作品数が少ないので、内外の作品を取り混ぜて扱っております。また、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。
2019極私的回顧その30 幻想文学 - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
2018極私的回顧その22 幻想文学 - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
2017年極私的回顧その22 幻想文学 - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
2016極私的回顧その22 幻想文学 - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
【マイベスト5】
1、ダフォディルの花
何度も書いていますが、最も高貴な幻想文学とは文章そのものから幻想の香気が漂ってくる作品であり、そんな所業をなしうるのは選ばれしごく少ない作家のみです。ケネス・モリスは間違いなくその1人であり、魔術や神秘を高らかに謳い上げる美しい文体を顕した訳業にも敬意を表したいと思います。神智学者としての宇宙観、複数の神話、ウェールズの民話など、様々なモチーフが散種された、多彩な短編群は何度読んでも飽きがきません。装丁や組版なども美しく、文句なしで1位に推します。
2、雲
1冊の古書『黒曜石雲』を巡る主人公の謎解きと、旅に登場する風変わりな登場人物たちや奇怪で滑稽な事件の数々。マコーマックの作品には共通の要素ですが、各エピソードに執拗に描き込まれた細部の叙説が絡み合い、登場人物の愛すべき癖やさらなる謎などが湧き上がります。あえて回収・解決されない伏線も多々ありますが、それらも含めて豊かな作品世界を構成しています。
3、プラヴィエクとそのほかの時代
第1次大戦から民主化まで3世代に亙り、ポーランドの架空の村・プラヴィエクの人々が現代史の移り変わりに翻弄される物語です。ドイツ軍やソ連軍に村が蹂躙される様は壮絶ですが、それでも人々は暮らしと歴史を紡ぎ続けます。そして、人々の周りには天使がいて、死者が列をなしていて、森の中を何かがうろついていて、そこかしこが茸の菌糸に覆われていて。無名の人々の力強く分厚い物語は神秘や摂理をも取り込み、果てのない奥行きを有しています。
4、首里の馬
高山羽根子の芥川賞受賞作。情報記録と記憶が果てしなく蓄積し拡散する時代、一見意味があるのかないのかよく分からない記録や記憶を巡る物語です。全体を貫く軸となる物語はなく、ひたすら断章・断片がばらまかれている構成ですが、核心に迫る情報を作者が繊細に呈示しており、螺旋を巡るように一つ一つ開けひらかれていきます。ジャンル分類の難しい作品ですが、あえて幻想文学に置いてみました。
5、天使のいる廃墟
自殺志願者たちがやってくる廃村、パライソ・アルト。そこで天使と名乗る主人公が自殺志願者たちと交流する様が連作として紡がれています。やがて死に至る者たちが有する個々の事情はいずれも奇天烈で不可思議なもので、架空とも現実とも思えぬあわいを纏っています。主人公は彼らの命を無理に地上にとどめようせず、淡々と彼らを見送ります。死に現前した物語ですが、全体が明るい光に照らされているようで、不思議とすがすがしい読後感が残ります。
【とりあえず2020年総括】
ケネス・モリスという大きな収穫はあったものの、翻訳作品・国内作品ともに幻想文学だと判断できる作品が多くなかったため、かなり無理してベスト5を組みました。国内作品を残すために『首里の馬』を入れましたが、怪奇幻想の愛好の方にはかなり異論を食らいそうです。幻想文学というジャンルでくくってしまえば、2020年は内外ともに不作だったという結論になるのでしょう。まあ、そもそも広い領域から集めて縒り上げられるのが幻想文学というジャンルだと思いますが。
怪奇幻想の徒としては幻想の薫り立つ作品をもっと読みたいところですが、こればかりは様々な領域から作品が流れてくるのを待つしかありません。2021年はどうなることやら。当分は《夜想》の新刊を愛でながら邂逅を待つことになるのでしょう。