otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2020極私的回顧その32 科学ノンフィクション

 極私的回顧ようやくオーラス。結局、最も遅い進行になってしまいました・・・。科学ノンフィクションについては、ジャンル全体を俯瞰するのが難しいため、ベスト5の感想のみにとどめております。また、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。

 2019極私的回顧その32 科学ノンフィクション - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2018極私的回顧その24 科学ノンフィクション - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2017年極私的回顧その24 科学ノンフィクション - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2016極私的回顧その24 科学ノンフィクション - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp) 

SFが読みたい! 2021年版

SFが読みたい! 2021年版

  • 発売日: 2021/02/10
  • メディア: ムック
 

 

【マイベスト5】

 

1、英国貴族、領地を野生に戻す 

 環境問題、自然保護、農業などに興味のある方にはぜひ手に取ってほしい1冊を2020年度の1位とします。諸々の事情で化学肥料などを使用する近代農業を断念せざるを得なくなった一家が、旧耕作地に動植物を放って本来的な自然を復元しました。すると、生態系の回復や希少種の復活だけでなく、治水が安定したり、新しい名産が生まれたりするなど、思いもせぬ効果が生まれました。特定の生物種だけでなく環境そのものをいかに保全するのか、新たな視座を与えてくれる本です。

 また、在来種・外来種の扱いについての自然観、新しい実在論に基づく環境哲学、人新世とのつながりなども出てきて、サイエンスだけでなく現代思想的な読みどころもあります。

 極私的には、当ブログで繰り返し紹介してきた外来種の扱いに関する自然観、そしてハイパーオブジェクトを擁するモートンらの主張とシンクロしてくるかと思います。

外来種の駆除は不可能でありカネと時間の無駄である - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

そうはいってもやはり外来種は駆除すべきである - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

在来種という概念など犬に食わせろ - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

『複数性のエコロジー』レビュー?? - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2018極私的回顧その24 科学ノンフィクション - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2017サイエンスアゴラレポ - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

 外来種の問題やそれにまつわる自然観、そしてハイパーオブジェクトに関する極私的な見解は今のところ変化していないので、以前記したことを再掲します。

2018極私的回顧その16の3 思想・評論(思弁的実在論SR・オブジェクト指向存在論OOO・新しい実在論NM関連) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

 生態系に入り込んだ外来種の駆除は物理的に不可能です。強引に駆除を行うと予想外の環境破壊を引き起こすこともありますし、コスト的にも全く見合いません。外来種が生態系を破壊するとか、大きな経済的損失をもたらすとかいう議論には、信用すべき論拠がほとんどありません。人間は学者も含めて生態系についてほとんど理解していないのですから、理解していないということを前提に議論し、行動するべきです。

 「在来種」の定義はかなり曖昧なものであり、科学的な正当性は疑わしいものです。「在来種」はしばしば人間の好き嫌いやイメージによって恣意的にカテゴライズされます。また、人間は意図しようと意図しまいと他の生物の移動に手を貸してきましたし、これからも貸し続けるでしょう。そもそも生物は環境変化に応じて絶えず移動するものであり、永遠にそこにいるものと錯覚されるような「在来種」など存在しません。外来種が在来種を駆逐しているという科学的根拠はなく、侵入した外来種のほとんどは生き残れず死に絶えていきます。

外来種コントロール事例?⇒オオモンシロチョウ - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

オオモンシロチョウとチョウセンシロチョウ - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

 外来種の入り込んだ生態系はその外来種も含めて形成されます。一部の島嶼生態系を除けば、生態系は外から生物が侵入することですぐに壊れるようなデリケートなものではありません。生態系は外来種も取り込む柔軟性を持っています。生態系が全ての種類が緻密に結びついたネットワークであるというのは幻想であり、一つの種がなくなれば全体が崩れるようなもろいシステムではありません(島嶼生態系や捕食者のキーストーン種などの事例はありますが)。何らかの種の絶滅が起こっても、ニッチに誰かが入り込んで何とかするだけです。外来種を含んだ生態系は短期間では混乱に陥っているように見えても、やがて外来種を取り込んで調和します。その過程で在来種が外来種の影響で独自の進化を遂げることもあります。また、外来種が侵入先の自然環境にとって有用な役割を果たすこともあります。

 外来種の入った生態系を以前の状態に戻すことは不可能であり、外来種を含んだ生態系をいかに利用するか、いかにつきあうかを現実的に考えるべきです。外来種も含めた生物多様性について考えるべきです。人類は数十万年にわたって自然に手を加えながら活動してきたので、世界中どこを探しても「手つかずの自然」など存在しません。人間は自然環境に影響を与えてきた存在であり、これからも与え続けます。人間は自然の一部であり、人間と自然は対立するものではありません。外来種も含めた新しい生態系概念・自然概念を形作り、人間と自然がうまくやっていく方法を見つけるべきです。

 この問題の中核にあるものこそハイパーオブジェクトなのでしょう。ハイパーオブジェクトは時間的・空間的に極めて巨大で、非局所的に偏在し、遥か未来にまで及びます。ここで事例として挙げた外来種問題はハイパーオブジェクトの一側面に過ぎません。

 ハイパーオブジェクトは無数のパーツの相関によって成り立っており、パーツが集積されればされるほどその全容が見えなくなります。具体的に触れたり感じたりはできませんが、我々は生態系の危機というハイパーオブジェクトを認識しており、現実として危機はあります。それはずっと以前から存在していました。近年、ようやく我々がそれを認識しました。

 ハイパーオブジェクトは人間との関係において存在しますが、人間とは無関係に、自然の他のオブジェクトの関係においても存在します。我々は多様な関係性の中にある一つのオブジェクトに過ぎません。人間もまた生態系の一部です。自然だから人間だからと二元法的に物事を考えるのではなく、できるだけ多くの生命体に恩恵をもたらすようなありかたを考えていくべきです。そのためには、我々と自然との関係性、我々がオブジェクトであるという現実を受け入れ、他の生物との相互作用の中で現実的に最善の策をとり続けることが必要なのでしょう。 

  ただし、致命的な間違いだったのは、197ページでジョン・ウィンダムの『トリフィドの日』を「ロシアのホラー小説」といい加減な紹介をしていたことです。当然、イギリスのSF小説です。SF者としては看過できないレベルのもの。訳者も編集者もこの程度のことはきちんと調べてほしい。

トリフィド時代 - Wikipedia

 

2、カモノハシの博物誌 

カモノハシの博物誌~ふしぎな哺乳類の進化と発見の物語 (生物ミステリー)

カモノハシの博物誌~ふしぎな哺乳類の進化と発見の物語 (生物ミステリー)

  • 作者:浅原 正和
  • 発売日: 2020/07/13
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  日本では貴重な単孔類に関する文献です。カモノハシの進化や生態、人間環境とのかかわりなど、あまり知られていない事柄がふんだんに含まれた楽しい本です。極私的には、カモノハシやハリモグラなど単孔類を「原始的な哺乳類」だと論じるのは、生物学や進化に対する誤った理解に基づいた、人間中心主義的な見解であると思います。単孔類は我々有胎盤類に比べて「原始的」なのではなく、「別系統」のグループだとする見解を当ブログは採用しています。

単孔類と南アメリカの有袋類 - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

 

3、地球に月が2つあったころ 

地球に月が2つあったころ

地球に月が2つあったころ

 

 2020年末の刊行なので年次的には2021年度の極私的回顧でもいいんですが、2020年度に入れちゃいます。地球や月に関する科学ノンフィクションを思わせる表題ですが、実際には、もちろん月のジャイアント・インパクト説は扱いつつも、惑星科学・地球科学・地球外生命探査などの多彩なテーマを往来し、膨大な情報を読者に投下する、重量級のノンフィクションです。入門書ではないので読破には一定の科学知識が求められますが、非常に面白いです。 

 

4、温暖化で日本の海に何が起こるのか 水面下で変わりゆく海の生態系  

 

  ブルーバックスからはこちらをベスト5に入れます。地球温暖化に伴って海水温が上がり、日本付近の海の生態系にすでに大きな変化が起きていること。将来的には魚類などの生物相が大きく変わって、日本の四季と食卓が大きく変化すること。そして二酸化炭素の排出は海水温の上昇だけでなく海洋の酸性化という事態も引き起こしており、貝やサンゴ、甲殻類など炭酸カルシウムで外殻を形成する生物種に致命的な影響となること。実際の問題現場のレポートをもとにこれらの問題を平易に紹介しています。

 

5、ウイルス関連書籍

新版 ウイルスと人間 (岩波科学ライブラリー)

新版 ウイルスと人間 (岩波科学ライブラリー)

  • 作者:山内 一也
  • 発売日: 2020/09/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
ウイルスの意味論――生命の定義を超えた存在

ウイルスの意味論――生命の定義を超えた存在

  • 作者:山内 一也
  • 発売日: 2018/12/15
  • メディア: 単行本
 
岩波科学ライブラリー 192ウイルスと地球生命 (岩波オンデマンドブックス)

岩波科学ライブラリー 192ウイルスと地球生命 (岩波オンデマンドブックス)

  • 作者:山内一也
  • 発売日: 2020/10/13
  • メディア: オンデマンド (ペーパーバック)
 

  新型コロナの状況下で、既読のものも含めてウイルス関連の書籍を読み返す機会に恵まれました。極私的には、ウイルスは生物であり、複数のドメインから構成された多系統の総称だと思っています。