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『ポストコロナのSF』短評

 先月発売された、日本SF作家クラブ編集による短編集です。錚々たるメンツが並んでおり、短編も粒ぞろい。2021年のベスト候補に挙がるレベルの完成度でした。

  

ポストコロナのSF (ハヤカワ文庫 JA ニ 3-6)

ポストコロナのSF (ハヤカワ文庫 JA ニ 3-6)

  • 発売日: 2021/04/14
  • メディア: 文庫
 

  SFを現実を相対化する強烈な想像であり創造である。私のようにSFを軸足とする人間はもちろん、思想家や批評家たちが現実に対する照射及び逆照射のツールとして利用してきたのがSFです。すっかり定着したマスク面、オンライン下のアイコンにまみれた生活、自粛生活、無能な政府、紋切り型のメディア、単線的に爆発するSNSなど、現在進行中の事象を切り取って鋭利な短編に仕上げる。今、SFだからこそ発信できる、SFが発信しなければならないメッセージがここにあります。

「小説よりめちゃくちゃな事実なんて、誰も求めてないよ、ばーかばーか」

 事実は小説より奇なり、ではなく、小説は事実より奇なり。事実を相対化して加工する想像力と柔軟な対応力、そしてその前提となる科学リテラシーこそ、今のコロナの現実に求められる思考回路ではないでしょうか。いかなる小説よりも無様で退屈な政府によるコロナ対応。トライ&エラーの意味さえ分からない、この国の指導者たちの科学リテラシーの低さ。反知性主義というレッテルさえおこがましい、この国の指導者たちのバカさ加減。過去も未来も現実も顧みず、想像力が枯渇した場当たり的な対応を繰り返してきた果てに、今の衰退国家・日本の惨状があるのです。

 コロナとの戦いに疲弊した気持ちを、この短編群を読んで少しでも晴らしましょう。現実と明るい未来に疲れた自分のはらわたを割って開いてぶちまけましょう。天にぺっと唾を吐く、それくらいのユーモアと腹黒さをもって生きるくらいがちょうどいいのです。現実を達観・諦観してのそのそ生きるネガティブな思考だけはとりたくない。だから私はSFを読むし、SFがあるから悪夢も絶望も辛いことも希望も変革も変わらないことも受け入れられるのです。

 コロナ騒動が災い転じて福となるのかこの世の終わりとなるのかはいまだ分かりませんが、つまらないノーマルエンドだけはご免です。SF者としてSFとともに明日の未来を明るく楽しく妄想しましょう。