otomeguの定点観測所(再開)

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『動物意識の誕生 生体システム理論と学習理論から解き明かす心の進化』短評

 また更新の間がかなり空いてしまいました・・・。今回のレビューは先月に勁草書房から出版された、生物学および哲学書のレビューになります。

  

  面白かったです。今年読んだ科学ノンフィクションの中では、ベストワンに推します。専門的な内容が多く、浅学の私では太刀打ちできない箇所も多かったですが、何とか概要はとらえたと思いたいところです。以下、鉈で乱暴に切るようなテキストになりますが、何卒ご容赦ください。

 多くの動物には人間と同質にせよ異質にせよ意識が存在し、それはカンブリア爆発の時にほぼ誕生したというのは多くの生物学者の共通見解となっているようですし、私も同意するところです。この本は、節足動物、頭足類、脊索動物のうちの脊椎動物までが意識を有するという見解なので、非意識から意識への進化は並行的に複数回起こったことになります。

 意識は動物的形質であり、パターン的な「制約下連合学習」ではなく、様々な刺激や動作の組み合わせが制約なく連合する「無制約連合学習」が意識の存在の目印であり、脳またはそれに類する結節の発生とともに非意識から意識への進化が集約的・局所的に起こった、という見解をこの本は採用しています。

 意識の発生については、同じ勁草書房から別アプローチの著作も出版されています。 

 

  カンブリア爆発に意識の発生を見出し、節足動物、頭足類、脊索動物のうちの脊椎動物までが意識を有する、という見解は両者とも同じです。しかし、こちらでは、外部刺激を受容する外受容意識、自分の身体を把持する内受容意識、さらに外受容意識と内受容意識を連結し綜合する第三の意識、これら複数の要素が偏在しばらばらにしかし統合されつつ発生して動物意識が形成された、という見解をとっています。

 今のところ両陣営はお互いの論に批判的であるそうですが、共通点も多く、相補的に綜合できるかもしれないというのが訳者の見解です。引き続き今後の展開を追っていく必要がありそうですね。

 一つ不満を述べるなら、科学ノンフィクションとしては面白かったのですが、哲学書として不十分だったことでしょう。哲学的にはベルグソン生の哲学とカントの認識論をベースに生物学的なガジェットが結び付けられて論じられていますが、一周回ってアリストテレスに戻っただけに終わっており、大きな収穫を得られていません。現象学的にも認識論的にも存在論的にも環境哲学的にも非常に面白そうなテーマなので、いずれここに食いついた論文・著作が出てくるのを期待したいと思います。