『再着装(リスリーヴ)の記憶――〈エクリプス・フェイズ〉アンソロジー』短評
久しぶりに、本業である書籍のレビューに行きたいと思います。今回取り上げるのは、先月、アトリエサードから刊行された、『再着装(リスリーヴ)の記憶――〈エクリプス・フェイズ〉アンソロジー』です。
〈エクリプス・フェイズ〉は2016年に日本語版が発売されたTRPGで、今回はその背景世界を舞台としたシェアード・ワールドのアンソロジーとなります。TRPGのシェアード・ワールドの小説といえば、〈ドラゴンランス〉〈ウォーハンマー〉やT&Tの〈トロールワールド〉などが翻訳では有名ですし、日本でも〈ソード・ワールド〉〈クリスタニア〉〈妖魔夜行〉など多数の小説が刊行されてきました。正直なところ、シェアード・ワールドの小説群はライトノベルやノベライズという視座で見ると一定のクオリティがあっても、SF・ファンタジーといったジャンル小説の文芸=文藝的な視座で見ると玉石混淆になってしまう印象があります。
しかし、今回の『再着装(リスリーヴ)の記憶』は、これまでに読んできたシェアード・ワールドのアンソロジーの中でもトップクラスの完成度であるだけでなく、ポストヒューマン/トランスヒューマンSFおよびサイバーパンク/ポスト・サイバーパンクとして強固なテーマ性が貫かれており、批評性の高い仕上がりになっています。
お勧めの短編は、まず冒頭に登場するケン・リュウ「しろたへの袖(スリーヴズ)ー拝啓、紀貫之どの」です。SFの最前線としてのポストヒューマンSFのロジックとアーサー王伝説、さらに紀貫之を引用しての日本古典のあわい。これらを鮮やかに融合させる手腕はやはり世界トップの作家ですね。そして石神茉莉「メメントモリ」。揺らがぬはずの魂と交換可能な義体。SFでは繰り返し扱われている題材ですが、理で構築された世界=異世界=仮想世界に理ならざる怪異・幻想を潜らせ、そこから人間存在のありかたそのものに思弁を到達させる、優れたスペキュレイティヴ・フィクションです。
私は〈エクリプス・フェイズ〉のTRPG本体は残念ながら未プレイですが、ルールブックや設定資料を読む限りでは、〈エクリプス・フェイズ〉は社会科学的な知見が豊富に散種された極めて批評性・完成度の高い背景世界であり、それゆえに参加した作家たちが自在に高度に作品を展開できるということなのでしょう。