otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2021極私的回顧その9 本格ミステリ(海外)

 更新できるうちに更新しておかないと。極私的回顧、ようやく文芸・文化の項目に入ります。まずはミステリから。いつものお断りですが、テキスト作成のため『このミス』ほか各種ランキング、およびamazonほか各種レビューを適宜参照しています。

2020極私的回顧その9 本格ミステリ(海外) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2019極私的回顧その9 本格ミステリ(海外) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2018極私的回顧その3 本格ミステリ(海外) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2017年極私的回顧その3 本格ミステリ(海外) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2016極私的回顧その3 本格ミステリ(海外) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

 

1、自由研究には向かない殺人

 本格というよりは、主人公ビップのひたむきさに主眼を置いたジュヴナイル的な作品ですが、ビップの清々しい正義感が紡ぐ物語の魅力を買って、2021年度の1位に推します。サプライズもアクロバットもありませんが、SNSから人間関係を探り証拠を集めていく丁寧な捜査過程はオーソドックスであり、また、読者に事件の手掛かりをフェアに提示しており、本格としての約束事を守りながら堅牢に構築されています。

 

2、ヨルガオ殺人事件

 2020年度は酷評したホロヴィッツですが、2021年度は本格としての完成度が高かったので、ランクインさせました。巧みな伏線の張り方、練り込まれた作中作の趣向などは相変わらずで、ホロヴィッツが現代を代表する本格ミステリの作家であることは間違いありません。しかし、各種ランキングにおける毎年の翼賛的なホロヴィッツ礼賛には違和感があります。『カササギ』における本格としてのアンフェアな点とか、『その裁きは死』が本格としての完成度に見劣りする点とか、もっと指摘されてもいいと思うのですが・・・。

 

3、文学少女対数学少女

 日本では今や絶滅危惧種となっている新本格ミステリですが、2021年度、古き良き新本格の系譜を最も正統に継いでいたのがこの作品でしょう。理論的には法月綸太郎を、実作的には麻耶雄嵩を取り込んだ、極北の作品。百合小説としてのカタルシスには欠けるものの、実験的ミステリとしては適度なバランスでした。

 

4、ロンリーハート・4122

 今年度の古典枠。2021年、不覚にも最も騙された作品なのでランクインさせました。現代本格の様々な技巧に毒された向きからすると、あまりにもシンプルで素朴なつくりですが、古典的な単純さに逆に裏をかかれました。クラシック・ミステリとしては仕掛けや構成が冴えており、オチの印象もなかなか強い作品です。

 

5、裏切りの塔

 もちろん新作ではありませんが、戯曲「魔術」は初訳です。幻想と形而上の香気におぼれつつ、魔術的事態から現実的解決へと着地していくチェスタトンの魅力が、どの短編にもあふれています。南條竹則の訳文も読みやすくかつ味わい深く、よい仕上がりのアンソロジーです。

 

【とりあえず2021年総括】

 現代本格にもクラシックにも面白い作品があったので、極私的には良い作柄でした。ここ数年、ミステリというジャンル全体では内外ともに豊饒が続いているので、海外本格がもう少し増えてほしいと思います。特にクラシックで面白いものが出てきてくれると嬉しいのですが、まあ2020年の「思考機械」クラスの収穫を毎年望むのは欲張りすぎというものでしょうか。

 また、2021年も華文ミステリは活発でした。特殊設定が一周回った国内本格が技巧はおろか世界設定を改変して謎を練り込む荒業の圏域に入っているのに対し、華文ミステリの作品群はもっとシンプルで素朴に映りますが、それでいいと思います。華文ミステリの本格こそ、国内で絶滅の危機にある新本格の正当な後継でしょう。