otomeguの定点観測所(再開)

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2021極私的回顧その10 本格ミステリ(国内)

 極私的回顧第10弾は国内の本格ミステリです。いつものお断りですが、テキスト作成のため『このミス』ほか各種ランキング、およびamazonほか各種レビューを適宜参照しています。また、本格ではないと判断した作品は他の項に回しておりますので、悪しからずご了承ください。

2020極私的回顧その10 本格ミステリ(国内) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2019極私的回顧その10 本格ミステリ(国内) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

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2017年極私的回顧その4 本格ミステリ(国内) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2016極私的回顧その4 本格ミステリ(国内) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

 

【マイベスト5】

1、硝子の塔の殺人

 医療ミステリを書いてきた作者の初の本格。物語序盤、倒叙で始まる導入に疑問符を投げかけ、ミステリマニアであるはずの登場人物たちのミステリの知識のなさに辟易するかもしれません。しかし、読み進めていくと、舞台となった円錐形の硝子の塔、あえて倒叙を用いた叙述形式、登場人物たちのヘタレさなどにはすべて意味があり、堅牢に構築されていることが明らかになってきます。物語終盤のアクロバットも手堅く着地させた、古き良き正統な新本格。作者の本格に対する情熱がひしひしと伝わってきた、この作品を2021年度のベストに推します。

 

2、僕が答える君の謎解き

 2021年のライトノベル・ミステリではこの作品がベストでしょう。過剰に多い登場人物、外連味の強いキャラクター、超自然的な推理力を有する探偵、甘いラブコメなど、ライトノベル・ミステリのお約束を良くも悪くもきちんと記号的に踏襲しています。しかし、この作品の根底をなす堅固なロジック、トリックの作り方、探偵の批判精神などは、新本格を飛び越えて、クイーンやヴァン・ダインなど海外古典を想起させるほどオーソドックスなものです。

 

3、密室は御手の中

 2021年に読んだ新人の作品ではこれがベストだと思います。特筆すべきは密室の美しさでしょう。第一の岩室の事件、第二の首切り事件とも、豊富なアイデアをバランスよく配置し、心理的トリックにまで配慮した精妙なものです。また、意図的にトリックが一つ捨てられていますが、その差配も巧みです。小説としての完成度にはやや疑問符がつきますが、将来性に期待してランクインさせました。

 

4、時空犯

 こちらも新人の作品。タイムループを扱った、近年でも屈指のレベルのSFミステリです。SFとして評価するとランク外になるので、本格に入れました。時間ループ現象を用いてロジックやトリックを成立させた本格としての構造は堅牢で、意図的にメタ化されたルールを改変したアクロバット、あくまでもロジカルな消去法推理など、ミステリとしての完成度は非常に高いです。その一方で、SFの視座から時間SFとして評価すると、トリックを成立させるために狭められた時空や時間線の設定がSFとしてのスケールに欠け、ベースとなっているアイデアの練りも今一つです。しかし、この作品の主軸はミステリであり、SF設定はあくまでトリックやロジックのための道具立てに過ぎません。SFとしての力不足が作品の価値を下げるものではありません。

 

5、江戸川乱歩大事典

 2021年の評論枠。乱歩ファンなら手元に置きたい大著です。伝記的事項、ミステリ・幻想文学作品のみならず、当時の文化・風俗に関する事象まで、多彩な項目が詰め込まれています。文学・文芸サイドから乱歩を評するのみならず、文化論的に乱歩という事象をとらえるアカデミックな乱歩受容は、ミステリ読みにも新鮮に映るでしょう。

 

【2021年とりあえず総括】

 誰もが認める史上最高級の豊作だった、2021年の国内ミステリ。特殊設定、世界改変、ホラーとの境界、時代ミステリ、古き良き(??)新本格(海外本格で書いたことと矛盾させますが)、SFミステリ、ライトノベル・ミステリなど、様々な趣向のミステリが乱れ飛んだ、非常に楽しい1年でした。それらの中から、本格が主軸だと判断できる作品を抽出し、サスペンス的な作品をエンタテイメントの項に回し、特殊設定・世界改変ものについては設定や外連味の甘いと思われるものを外し、あれこれいじくり回したらこんなベスト5になりました。

 本格ミステリとは何か? 最近、自分の中でもジャンル定義がぶれまくっているのをひしひしと感じるのですが、それすら面白く感じてしまう作品の豊饒さ。2022年もこの勢いが続いているようなので、読みまくり、散財するしかなさそうですね。